幕間(AC.995.9)


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「何故じゃ! 何故、妾のもとを去った、セレストぉぉおおお!!」

 目をかけていた美青年に逃げられ、青王シアンは竜宮殿で髪と足を振り乱している。

「お気を確かに、シアン様。あまりお怒りに身を任せては、その美貌に障りますよ」

 魚人族の侍女は、気を鎮める丸薬を手渡す。

「うぅぅぅぅぅ…」

 薬を飲み、シアンが床に伏せたことを確認し、侍女は王室を後にする。

「…というような状況で、青王はしばらく使いものになりませんね」

 そして何処かへ、九鳥貝(ハトガイ)で報告する。

 しばらくして、侍女は帰ってきた九鳥貝を耳にあてる。

『そうか。せっかく魚たちを焚き付けて領土拡大の機運を高めてやっていたというのに、青王の癇癪(かんしゃく)1つで頓挫させられるとは…これだから、年増のヒステリーは見るに耐えぬよ』

「……」

 貝に込められた嘲笑(ちょうしょう)を聞き流し、侍女は無言で言葉を待つ。

『仕方ない、青ノ国を介した工作は中止する。しかし、シアンの目の付け所は悪くなかった。今や2つの白の力を保有することになった緑ノ国…しかもその統治者は、年端もいかぬ小娘だ。この機を逃す手はあるまい。キキョウ、其方は緑ノ国に潜入し、次なる波の立てどころを探れ』

「…仰せのままに」

 キキョウと呼ばれた侍女は、メッセージを吹き込んだ九鳥貝を返し、魚人族の変装を解く。

 侍女から薄皮が剥がれるように、色力を宿した絹で紡がれた紐衣が剥がれ、内から艶やかな女性の詩人族(ヒューマン)が現れる。

 キキョウは、付喪(つくも)操術と呼ばれる紫の術色を駆使する、変装の名手だ。

(…これまでよりは、面白い任務になりそうね)

 キキョウは口元に笑みを浮かべ、ある美青年を思い出す。

 シアンの偏愛を受け、その所有物として、人形の生を許容してきた青年セレスト…

 わずかの接触で、その殻に籠った心を呼び起こし、人間として生きることを選ばせたのは緑ノ国から来た闖入者(ちんにゅうしゃ)たちだった。

(その本質…じっくりと観察させてもらうわよ♪)

 キキョウは妖艶に微笑むと、夕闇を背負って羽ばたいた。

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