「嘘…でしょ?」
セレストを加え、緑の王城に帰還した一同が目にしたのは、予想だにしない光景だった。
城が、黒の軍勢に包囲されている。
「兜…?!」
そしてその先頭に立っているのは…真っ黒に変色した兜だった。
「やぁレモン、そこにいたのか。何処に行っていたんだい? 王城のケモノ人どもが、いないいないと言いはるから…てっきり捕えられているのかと心配したよ」
「……」
レモンは無言で、黒煙を上げる王城を見上げる。
「…だから、城を攻め落としたの?」
「そうだね。だがそんなことはどうでもいい。レモン、君が無事で良かった。君がいれば、黄ノ国はまた建て直せる。さぁ、一緒に王国を再興しよう!」
そう言うと黒い兜は、レモンに向けて手を伸ばす。
「誰よ…」
「ん?」
「アンタ、誰よ! アタシの兜を返しなさいよ!!」
「……」
虚をつかれたように兜は束の間推し黙る。
そして何かが決壊したように、慟哭する。
「それが兄に向かって言うことかぁぁあああ!!」
黒兜が咆哮すると、背後から黒が押し寄せる。
黒の群れは、互いに、兜すら取り込もうとしながら、濁流となって迫ってくる。
「え…?」
兜の唐突な宣言に、レモンの頭は混乱する。
一方で、クロムは瞬時に理解した。
単なる付き人にしては優しすぎる視線、そしてレモンの前ではどこか懸命に抑制するような物言い…それらは女系王族の兄として、影として、レモンを支える兜の矜恃(きょうじ)だったのだ。
今、その気高い誇りが、黒によって歪められている。
(俺が…止める!!)
クロムは一歩前に出る。
(大丈夫か? 今は周りに『黒』が溢れている。この前の二の舞にならないか?)
額のモノが、心配するように語りかける。
(…大丈夫、だと思う。不思議と、今は黒に呑まれる気がしない。それよりも今は、兜さんの誇りを取り戻したい!!)
そう言って、クロムは額当てを外す。
するとクロムの体から、鈍色の光が立ち上る。
(キキキ…その意気なら大丈夫だな! 自信をもて。なんたってお前はすでに…黒であるオレと共存できているんだからな!!)
一行に迫る黒は、クロムが放つより黒い黒によって同化される。
そしてそれらの黒は、クロムの芯に眠る白に触れ、その無念だけを浄化させていく。
(そうだ! 取り込むのでも取り込まれるのでもなく…共に在るんだ!! お前ならできるさ! 信じろ! オレと、お前自身を!!)
モノが大きく眼を開く。
「はぁぁあああああ!!」
呼応するように、クロムが黒を束ねていく。
そしてその背には、黒纏う白翼が具象化した。
黒と共にある三眼の天使…黒皇モノクロームが降臨する。
「なん…だそれはぁぁあああ?!」
対抗するように、兜もその背に控える黒を取り込む。
兜の姿が、黒を引き連れた妄執の騎士とするならば…モノクロームは、黒と共にある受容の天使の姿だった。
「美しい…」
その姿に、セレストは心を揺さぶられる。
「いくぞ!!」
モノクロームが、黒爪を構え兜へと向かう。
「おおおお!!」
兜は、黒刀で迎えうつ。
物理的には互角の応酬…しかし、2人の纏う黒に変化が現れる。
黒は、より黒い黒へと向かう。
それは黒の本質である、孤独を埋めたいと願う本能による。より強い孤独によって、己の孤独を薄めたいと願う、哀しい性だ。
だか、孤独を上書きするのではなく、受け止めてくれる場所があるのだとしたら?
「く…ぉぉおおおお?!」
兜が背負っていた黒が、孤独が、剥がれ…居場所を求める幼子のように、モノクロームへと集まっていく。
「私…は?」
全ての黒の転移が終わったとき…
「おかえり、兜さん」
兜は、まっすぐに仕えるべき主を、妹をみつめる優しい瞳を取り戻した。
「兜っ!!」
レモンは大粒の涙をたたえ、兜に飛びつく。
「レモン…いや、レモン様…」
兜は反射的にレモンを抱きしめ、やがて思い直したように、ハッとその手を弱める。
「レモン、って呼んでよ、お兄ちゃん!」
全てを察したレモンは、逆に抱きつく力を強める。
「ああ…ありがとう、レモン」
兜は一呼吸おいて、やがて十余年分の思いを込めて、レモンを強く、抱きしめ返す。
兜はレモンが生まれたことで兜になった。
兜自身は、そこに幸せと誇りを持って生きてきた。
しかし黒によって強調された兜の内面は、レモンの兄として、共に在りたいと願う自分の願望を、兜に否が応でも自覚させた。
「本当の名前は、なんて言うの?」
まっすぐに見上げるレモンの瞳を、兜はまっすぐに見つめ返す。
「…イェロウ。私は、黄ノ国の女王カモミラの子にして…君の兄、イェロウだ」
ピシ…
これまで多くの傷を受け負ってきたイェロウの仮面が、ヒビ割れて、落ちる。
「イェロウ…兄さん!」
仮面の下から、レモンそっくりの瞳をした、端正な顔が現れた。
「またイケメンやないか!!」
何故か絶望したようなカーキの声が、張り詰めていた空気を和ませる。
「は? マジで空気読めないのね。黙ってなさいよ、チビモグラ!!」
レモンは、濡れた瞳で振り返る。
(良かったね、レモン…それにイェロウさん)
成り行きを見守っていたアイビィは、隣を固めるベイルの尻尾をリラックスするようにぽんと撫で…モノクロームの横までぴょんと、跳ねる。
「君もおかえり、クロム♪」
そして、モノクロームにハグをする。
「わ!? え、ええっと…?!!」
(おい、バカ、相棒…動揺しすぎだ!!)
不意な出来事に、モノクロームは全力で赤面し、狼狽える。
すると纏っていた黒たちが剥がれ落ち、モノクロームはクロムへと戻る。
「キキキ…!」
滴り落ちた黒たちはしかし、拠り所を失って暴走するということはなく…お邪魔虫たちはこのへんで、とでも言うように、自ら黒境へと引き上げていった。
その様子を見てクロムは笑う。
「なんか…みんなモノみたいになったね」
「はァ?! オレ様はもっと品があるだろ?!」
モノは単眼をつり上げる。
(ふふふ…)
この場にいる皆の表情を見渡して、アイビィは思う。
(お父様がどうして頑張ってこれたのか…ちょっとだけ、分かった気がするよ)
『国のために人があるのではない。人のために、国があるのだ』
亡き父王の口癖が、今になってアイビィの胸に染み込む。
(できるかな…なんて言ってられないね。みんなが笑って過ごせるように…私にできることは、精一杯やるよ!)
彩暦995年8月
焼けた王城を見上げながら、アイビィは、本当の意味でその王位を引き継いだ。
第2章 完
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