青夏ノ章 第4話


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「嘘…でしょ?」

 セレストを加え、緑の王城に帰還した一同が目にしたのは、予想だにしない光景だった。

 城が、黒の軍勢に包囲されている。

「兜…?!」

 そしてその先頭に立っているのは…真っ黒に変色した兜だった。

「やぁレモン、そこにいたのか。何処に行っていたんだい? 王城のケモノ人どもが、いないいないと言いはるから…てっきり捕えられているのかと心配したよ」

「……」

 レモンは無言で、黒煙を上げる王城を見上げる。

「…だから、城を攻め落としたの?」

「そうだね。だがそんなことはどうでもいい。レモン、君が無事で良かった。君がいれば、黄ノ国はまた建て直せる。さぁ、一緒に王国を再興しよう!」

 そう言うと黒い兜は、レモンに向けて手を伸ばす。

「誰よ…」

「ん?」

「アンタ、誰よ! アタシの兜を返しなさいよ!!」

「……」

 虚をつかれたように兜は束の間推し黙る。

 そして何かが決壊したように、慟哭する。

「それが兄に向かって言うことかぁぁあああ!!」

 黒兜が咆哮すると、背後から黒が押し寄せる。

 黒の群れは、互いに、兜すら取り込もうとしながら、濁流となって迫ってくる。

「え…?」

 兜の唐突な宣言に、レモンの頭は混乱する。

 一方で、クロムは瞬時に理解した。

 単なる付き人にしては優しすぎる視線、そしてレモンの前ではどこか懸命に抑制するような物言い…それらは女系王族の兄として、影として、レモンを支える兜の矜恃(きょうじ)だったのだ。

 今、その気高い誇りが、黒によって歪められている。

(俺が…止める!!)

 クロムは一歩前に出る。

(大丈夫か? 今は周りに『黒』が溢れている。この前の二の舞にならないか?)

 額のモノが、心配するように語りかける。

(…大丈夫、だと思う。不思議と、今は黒に呑まれる気がしない。それよりも今は、兜さんの誇りを取り戻したい!!)

 そう言って、クロムは額当てを外す。

 するとクロムの体から、鈍色の光が立ち上る。

(キキキ…その意気なら大丈夫だな! 自信をもて。なんたってお前はすでに…黒であるオレと共存できているんだからな!!)

 一行に迫る黒は、クロムが放つより黒い黒によって同化される。

 そしてそれらの黒は、クロムの芯に眠る白に触れ、その無念だけを浄化させていく。

(そうだ! 取り込むのでも取り込まれるのでもなく…共に在るんだ!! お前ならできるさ! 信じろ! オレと、お前自身を!!)

 モノが大きく眼を開く。

「はぁぁあああああ!!」

 呼応するように、クロムが黒を束ねていく。

 そしてその背には、黒纏う白翼が具象化した。

 黒と共にある三眼の天使…黒皇モノクロームが降臨する。

「なん…だそれはぁぁあああ?!」

 対抗するように、兜もその背に控える黒を取り込む。

 兜の姿が、黒を引き連れた妄執の騎士とするならば…モノクロームは、黒と共にある受容の天使の姿だった。

「美しい…」

 その姿に、セレストは心を揺さぶられる。

「いくぞ!!」

 モノクロームが、黒爪を構え兜へと向かう。

「おおおお!!」

 兜は、黒刀で迎えうつ。

 物理的には互角の応酬…しかし、2人の纏う黒に変化が現れる。

 黒は、より黒い黒へと向かう。

 それは黒の本質である、孤独を埋めたいと願う本能による。より強い孤独によって、己の孤独を薄めたいと願う、哀しい性だ。

 だか、孤独を上書きするのではなく、受け止めてくれる場所があるのだとしたら?

「く…ぉぉおおおお?!」

 兜が背負っていた黒が、孤独が、剥がれ…居場所を求める幼子のように、モノクロームへと集まっていく。

「私…は?」

 全ての黒の転移が終わったとき…

「おかえり、兜さん」

 兜は、まっすぐに仕えるべき主を、妹をみつめる優しい瞳を取り戻した。

「兜っ!!」

 レモンは大粒の涙をたたえ、兜に飛びつく。

「レモン…いや、レモン様…」

 兜は反射的にレモンを抱きしめ、やがて思い直したように、ハッとその手を弱める。

「レモン、って呼んでよ、お兄ちゃん!」

 全てを察したレモンは、逆に抱きつく力を強める。

「ああ…ありがとう、レモン」

 兜は一呼吸おいて、やがて十余年分の思いを込めて、レモンを強く、抱きしめ返す。

 兜はレモンが生まれたことで兜になった。

 兜自身は、そこに幸せと誇りを持って生きてきた。

 しかし黒によって強調された兜の内面は、レモンの兄として、共に在りたいと願う自分の願望を、兜に否が応でも自覚させた。

「本当の名前は、なんて言うの?」

 まっすぐに見上げるレモンの瞳を、兜はまっすぐに見つめ返す。

「…イェロウ。私は、黄ノ国の女王カモミラの子にして…君の兄、イェロウだ」

 ピシ…

 これまで多くの傷を受け負ってきたイェロウの仮面が、ヒビ割れて、落ちる。

「イェロウ…兄さん!」

 仮面の下から、レモンそっくりの瞳をした、端正な顔が現れた。

「またイケメンやないか!!」

 何故か絶望したようなカーキの声が、張り詰めていた空気を和ませる。

「は? マジで空気読めないのね。黙ってなさいよ、チビモグラ!!」

 レモンは、濡れた瞳で振り返る。

(良かったね、レモン…それにイェロウさん)

 成り行きを見守っていたアイビィは、隣を固めるベイルの尻尾をリラックスするようにぽんと撫で…モノクロームの横までぴょんと、跳ねる。

「君もおかえり、クロム♪」

 そして、モノクロームにハグをする。

「わ!? え、ええっと…?!!」

(おい、バカ、相棒…動揺しすぎだ!!)

 不意な出来事に、モノクロームは全力で赤面し、狼狽える。

 すると纏っていた黒たちが剥がれ落ち、モノクロームはクロムへと戻る。

「キキキ…!」

 滴り落ちた黒たちはしかし、拠り所を失って暴走するということはなく…お邪魔虫たちはこのへんで、とでも言うように、自ら黒境へと引き上げていった。

 その様子を見てクロムは笑う。

「なんか…みんなモノみたいになったね」

「はァ?! オレ様はもっと品があるだろ?!」

 モノは単眼をつり上げる。

(ふふふ…)

 この場にいる皆の表情を見渡して、アイビィは思う。

(お父様がどうして頑張ってこれたのか…ちょっとだけ、分かった気がするよ)

『国のために人があるのではない。人のために、国があるのだ』

 亡き父王の口癖が、今になってアイビィの胸に染み込む。

(できるかな…なんて言ってられないね。みんなが笑って過ごせるように…私にできることは、精一杯やるよ!)

 彩暦995年8月

 焼けた王城を見上げながら、アイビィは、本当の意味でその王位を引き継いだ。

第2章 完

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