「此度の騒乱、申し開きの仕様もございません」
慣れない玉座に浅く腰掛け、アイビィは、居心地悪そうに謝罪の言葉を聞いている。
「か、顔を上げてよ! ベイルが悪いわけじゃないでしょ!?」
ベイルと呼ばれた女性はしかし、平伏したまま動かない。
「いえ…全ては愚父ベルデの不徳のいたすところ。暴挙を止められなかった己(おれ)にも、同等の責任があります」
緑ノ国の謁見室では、未だ行方の分からない族長のベルデに代わって、その娘ベイルが爬人族(リザド)を代表して、アイビィに釈明を行っていた。
(やりにくいなぁ…)
ベイルはベルデの娘ではあるが、ベルデが試験的に、あるいはジェイドへの対抗意識から、植人族(ベジド)との間にもうけた婚外子だ。
爬人族の集団の中で、その誇りたる鱗が生え揃わず、左腕があるべき場所に尻尾が生えた…いわゆる奇形を持って産まれ落ちた彼女は、『失敗作』のレッテルを貼られ、ベルデに群れを追放された。
アイビィとクロムは、集落から外れて1人でいることの多かったベイルとは、同世代であったこともあってよく一緒に遊んでいた。
軽蔑や哀れみではない2人の接し方は、ベイルにとって、とても貴重で、得難いものだった。
そのような王族との関係性を鑑みて、爬人族たちは、閉め出していたベイルをわざわざ連れ戻し、この場に担ぎ出したのだ。
「この不始末…己の命をもって償わせていただきたく」
ここでベイルは、はじめてその顔を上げる。
ベイルにとって、爬人族の今後のことなどどうでも良い。
ただ、この身に半分流れる爬人族の血が、アイビィを苦しめたのかと思うと、文字通り身を引き裂きたい想いに駆られる。
「やめて!!」
己の体に爪を立て、本当に身を裂きかねない様子のベイルを見て、アイビィは叫ぶ。
「そんなことされたって、私も、お父様も、嬉しくないから!」
アイビィにしては珍しく、怒気のこもった視線を向ける。
「やはり、赦(ゆる)しては貰えないか…」
ベイルは、その怒りの性質を誤解し、恥入るように顔を伏せる。
そのような2人の様子を見て、玉座の左から歴戦の獣戦士が口を挟む。
「面を上げなさい、ベイル。アイビィ様が仰りたいのはそのようなことではない」
ジェイドと義兄弟の契りを結んだ、深緑の毛皮をもつ豹の獣人…ロクショウは、努めて優しく声をかける。
「其方(そなた)の潔さには敬意を称するが…それゆえに、其方と爬人族には自決ではなく、より直接的に、我が国への忠義を示してもらいたい」
「直接的な…忠義?」
怪訝そうなベイルを見てとり、ロクショウは右側へと視線を送る。
玉座の右で控える人物…植人族の文官セロリンティヌスは視線を受け取り、一歩前へと躍り出る。
「え〜、コホン。それでは緑ノ国から爬人族へ、王令を伝える」
緑ノ国にとって、戦禍の発端となった爬人族の処遇は、目下喫緊(きっきん)の課題であった。
それゆえベイルが謝罪に来ると聞いた時から、王国幹部たちは事前に対応策を練っていたのだ。
「戦犯の責として、ベルデから爬人族族長の資格を剥奪する。この後、族長の任命権は王国で管理する。そして、族長にはベイルを任命する。王国に危機が迫る時、爬人族はベイルを中心に率先してその脅威に立ち向かい、もって王国への忠義を示せ。以上」
ひと息にまくしたてると、セロリンティヌスは満足したように元の位置へと下がる。
「は…え? 己にようなことは…?!」
爪弾き者だったベイルは慌てる。
「やってもらうよ。だってこれ、王令、だから♪」
イタズラっぽく、しかし有無を言わさず、アイビィは笑う。
(さすがはジェイドの娘…存外に大物かも知れぬ)
そんなアイビィの様子を見て、ロクショウは束の間の感傷にひたる。
そして、ベイルの後方で成り行きを見守る爬人族たちに視線を送る。
「聞いていたな? 異論のある者はいるか?!」
ベイルを犠牲にして、族の存続を願い出ようと窺っていた爬人族達は、意表をつかれて慌てふためく。
しかしここは王城の中、周りを固める屈強な獣人族の戦士達を前に、迂闊な言葉は命取りになる。
「…仰せのままに」
一瞬、互いの顔を見合わせたのち…ひとまずお取り潰しを免れたことを良しと考え、爬人族たちは王令を首肯した。
* * * *
「はぁ〜、緊張したぁ〜」
謁見を終え、アイビィは猫のように大きな伸びをする。
「なかなか堂にいった、見事な女王ぶりでしたよ。ね、ベイル?」
ロクショウはニヤリと笑って、緊張冷めやらぬベイルに話をふる。
「はい、本当に見事なお姿でした。このベイル、全身全霊を賭して、アイビィ様にお仕えする所存…!!」
からかい口調のロクショウに、ベイルは生真面目に反応する。
「かたいかたい! やめてよ、昔みたいに対等にいこうよ!!」
アイビィは眉をへの字に曲げる。
そしてふと、このところ顔を見ていない兄のことを思い出す。
(クロムが見てくれてたら…どんな表情をしたのかな?)
黄ノ国を舞台とした争乱以降、アイビィはクロムと距離ができたように感じている。
ジェイドの急逝により跡目を決めなくてはならなくなったとき、ロクショウは2人に、クロムがジェイドの実の息子ではないことを告げていた。
アイビィは心底驚いたのだが、クロムは無表情で、どこか他人事のように聞いていたようにアイビィには思えた。
(そんなこと気にしないで、むしろこういう時だからこそ…近くにいて欲しいのにな)
アイビィはふっと寂しい顔をする。
(それに、実の兄妹じゃないってことは…)
「アイビィ様?」
不意に朱がさしたアイビィの顔色の変化を、ベイルは鋭敏に感じ取る。
「あ、ごめんごめん! ちょっとここのところ忙しくて疲れてるのかも…セロリンティヌスさん、次の予定は何でしたっけ?」
アイビィはあわてて思考回路を切り替える。
「次は…青ノ国の首都、竜宮殿におられる青王への就任挨拶ですね。本日昼過ぎに、黒境付近まで迎えの使者が来る手筈となっております。たしか…潜水艇の座席には限りがあるため、2人までで来るように、との注釈がつけられておりました」
セロリンティヌスは、びっしりと詰まった予定を諳(そら)んじながら説明する。
「そうだったね。それじゃあ…さくっと行ってくるよ!」
そう言うとアイビィは、旅の同行者に思いを馳せる。
真っ先に浮かんだのはクロムだったが、先の理由から今は気まずい。レモンも国賓として迎えている形なので、自分の護衛として同行してもらうにはあまり宜しくないだろう。
そこでアイビィは、かつての気心の知れた遊び相手に白羽の矢を立てた。
「早速だけど…ベイルが一緒に来てくれない?」
アイビィはベイルの手を引く。
「己が…? 心得ました」
ベイルは暫しの間驚きながらも、汚名を返上する機会を与えられたことに身を引き締める。
(この外遊が終わったら…クロムと話し合ってみよう!)
アイビィは自分を鼓舞するように、尻尾をぴんと立てて、緑ノ王城を後にした。
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