赤春ノ章 第5話


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「よく見ておくのだガネットよ。圧倒的火力で焦土と化す…これが、王者の戦い方というものだ」

 その身に炎を纏う鬼人族(オーガ)の王…赤王バーミリオンは、配下に担がせた玉座に座り、炎に揺れる黄ノ国を見据えている。

 赤軍本隊から放たれる鬼人族の火矢は、前線を支える小鬼(ゴブリン)もろとも、黄ノ国の甲人族を焼却していく。

「おお! スゲーぜ、親父、虫がゴミのようだ!!」

 傍に控えるその娘ガネットは、宝石のような赫眼を煌めかせ、感嘆の声をあげている。

 そして赤の親子から少し離れて、中空に漂う白翼がある。

 最強の『白』である、白皇プラチナだ。

 白はかつて、黒の脅威に対する救済者として、光の世界から遣わされた色だ。

 しかしやがて白たちは、色の世界を見限り、白皇山に閉じこもった。

 永い年月を経て、再び色の世界に干渉しようとする白ープラチナが現れることになったのだが…

 その目的は、黒の浄化に留まらず、色世界そのものを白紙化することにあった。

(…くだらぬ。やはり有色者など、いずれ消去してしまわねば)

 プラチナは、彼女の目論見通りに戦火を広げる赤王の軍勢を、しかし嫌悪するように見下ろしている。

 今その戦場に、緑の一団が到着した。

「カモミラ殿、無事か?! すまない、援軍が遅れた!!」

 通りの良い声で緑王は猛る。

「おお、この時を待っていたぞ、ジェイド!! 皆…まだ死力を尽くせるな?!」

「オオオオ!!」

 女王の檄に、甲人族たちは勢いを取り戻す。

 黄ノ国の軍隊は、女王を絶対的な頂点とした、ある意味で1つの意思の統合体だ。

 ゆえに女王のために、役割のために、個々の命を賭けられる。

 かたや女王のため、己が命を躊躇わずに戦う戦士の群、かたや赤王によって退路を絶たれ、前進するしかない突撃兵の集団…

 両軍は一見似ているが、その実、真逆の戦意に支えられている。

 緑王の援軍を得て、反転攻勢へと切り替えた黄ノ国の戦士達は、その戦意の差によって徐々に前線を押し返していく。

「行けるぞ! 祖国から鬼どもを追い払うのだ!!」

 カモミラが甲人族たちを鼓舞する。

 そして緑王たちは、カモミラに合流するべく足を速める。

「親父〜、な〜んかあの緑の奴ら…めざわりじゃね?」

 息を吹き返した黄ノ国の軍勢を見て、ガネットは頬を膨らませる。そしてその原因を作った、緑の一団を指さした。

「ほぅ…ならば、どうする?」

 バーミリオンは、試すように訊ねる。

 それを受けてガネットは、ニヤリと笑い…

「叩き潰してくらぁ!!」

 ドンッ!!

 足元を爆裂させたかと思うと、ガネットは火の玉のように飛び出した。

 * * * *

 ドォォオオオン!!

 ジェイドは、目の前の空間が爆ぜたかと思うと、突如としてそこに現れた赫眼の鬼子に驚く。

「ったくさぁ! せっかく親父がご機嫌に征服活動してるってのに…水を刺してんじゃねぇよ!!」

 少女は身の丈ほどある赤銅の金棒を振り回しながら、口上を垂れる。

「其方(そなた)は…」

 ジェイドが少女の素性を確認しようとしたとき…赤王が巨大な火球に乗って、現れる。

「ふははは、久しぶりだな、ジェイド。お互い…子どもの成長を見るのは愉しいものだな?!」

「…やはり、ガネット嬢、だったか」

 ジェイドは赤王と少女を見比べ、古い記憶を呼び起こす。

 色国同士の関係が今よりもまだ良好で、定期的に六色会談が持たれていた時代…幼子であったアイビィとクロムを連れて、ジェイドはガネットに会ったことがあった。

「バーミリオンよ、もうあの時代には戻れないのか?」

 ジェイドはバーミリオンに問いかける。

「無理だな。放たれた火矢は止まらない。射線上の全てを焼き尽くし、目的地に辿りつくまではな!!」

 バーミリオンは取り合わない。

「…また多くの色が流れる。そしてそこから生まれた『黒』は、お前の領地をも呑み込むぞ?!」

 ジェイドは懸命に語り続ける。

「それが…そうでもないのだよ」

 バーミリオンは不敵に嗤うと、掌から火弾を放ち、ジェイドの傍に侍る獣人族の胸を撃ち抜く。

「な…」

 不意をつかれた獣人の兵士は、なすすべもなく崩れ落ちる。

 そして赤王は、獣人族の胸から流れ出る色に、自身の色をふりかける。

 すると緑と赤が色濃く混じり…獣人の無念を乗せて『黒』が生まれる。

「オオ…ァアア…!!」

 黒は周りの色を取り込もうと、無闇矢鱈に暴れ回る。

 黒を上塗りできる色はない…

 ゆえに、色の世界は黒を恐れ、黒を生み出す行為を謹む…これがこの世界の不文律、のはずだった。

「仕事だぞ、プラチナ!」

 暴れ回る黒を尻目に、赤王は自身の頭上を指差す。

「…私に命令するんじゃない」

 すると上空から十字架状の白光が降り注ぎ…

「アアァ…ァ」

 黒を一瞬で浄化した。

「なんと…」

(これが戦場で『白』を有すると言うことか)

 ジェイドは、目の前の光景に衝撃を受ける。

 そして同時に理解する。

(バーミリオン…お前は白を手に入れたから、侵攻してきたのか。だがそれは…天をも恐れぬ暴挙だぞ!!)

「フハハハ、見よ! 天は我らに味方しているのだ!! 今こそ…赤が世界を統べる時!!」

「オオオオオオオオ!!」

 赤王自らが先頭に立ち、鼓舞したことで、勢いに乗った赤軍が緑軍に向けて突撃する。

(これは…不味い)

 ジェイドは、刻々と変わり行く戦況を努めて冷静に分析する。

 カモミラを中心とした黄ノ国のロイヤルガード、自身を中心とした獣王師団…二国の主力を同時に相手取る形となった赤ノ国の軍勢は、色国間の戦闘だけを考えると、実は見た目ほど優勢ではない。

 しかし戦いが起これば、そこには必ず黒が生まれる。

「アァ…アア…」

 戦場と化した黄ノ国全土で産声を上げた黒達が、怨嗟の声を紡いでいく。

 そしてプラチナの白光によって、赤軍に近づく黒のみが浄化されていく。

(…撤退戦に切り替える他ない)

 先程まで味方だった黒を相手取るのは、体力に加えて精神にこたえる。

 徐々に疲弊していく自軍の様相を見て、ジェイドはそう決意した。

 赤と黒に沈みゆく黄の軍勢にも己が意図が伝わることを祈りながら、ジェイドは撤退を試みる。

 しかし…

「逃さぬよ、貴様だけは」

 黒の浄化に専念していたはずのプラチナが突如降下し、その白刃でジェイドの胸を貫いた。

「な…」

 さしものジェイドも、咄嗟の出来事に対応できない。

「リリィを色の世界に引き込んで殺した罪…その色をもって償うがいい」

 プラチナは白刃を引き抜き、満足したように再び空へと舞い上がる。

「リリィ…? そうか、其方はリリィの…」

 朦朧とする意識の中で、ジェイドは妙に得心する。

(不干渉を貫いてきた白が急に舞い降りてきた理由…まさか赤王の野望に共鳴したわけではないと思っていたが。成程、確かにそれは…我が負うべき責任かもしれぬ)

 ジェイドは胸から色を流し、やがてその場に崩れ落ちた。

「うぉ…おおおおおおおおお!!!!」

 育て親の変わり果てた姿を見て、クロムの中の黒が、戦場に満ちた黒と共鳴し、膨れ上がる。

(やめろ、クロム…やめ…ロロロロロロロ!!!!)

 クロムの額当てが割れ、第3の眼が露出する。

 モノは流れ込む黒を制御しようと試みるが、やがて黒の本能に呑み込まれる。

 黒は、白によって、薄められる。

 逆に、より黒い黒によって、黒は存在を上書きされる。

 クロムは、戦場のあらゆる怨嗟を身に纏い、漆黒の翼で飛翔した。

「はははは! 面白いな、貴様! まさに、穢れた色世界を象徴したような存在じゃないか!!」

 本能のままに、力任せに、襲いくるクロムを、プラチナは正面から受け止める。

 プラチナがクロムの黒爪をいなすたび、上空では白雷が瞬く。

 今や地上の兵士たちは戦いの手を止め、呆然と上空を見上げていた。

「だが簡単に浄化などしてやらんぞ?! 世界に、もっと、知らしめろ! 黒は、色は、世界に必要ないということを!!」

 上空で白と黒が激突するたび、剥がされた黒が地表に降り注ぐ。

 それはさながら、黒い雨だった。

「もう…やめてぇぇええええ!!」

「?!」

 永遠に続くかに思われた悪夢のような光景を、切り裂いたのは一つの少女の叫びだった。

 横たわるジェイドの傍で、その娘アイビィの耳から一対の大きな白翼が聳え、辺りに白い光が溢れ出す。

 やがて白光はふわふわと、綿毛のような光球となり…地面に触れると弾けては、黒を中和し、そこに緑を芽ぶかせた。

「リリィ…?」

 白と緑の融和した光…その姿にプラチナは、亡き妹の面影を見る。

 そしてアイビィは、黒の翼が剥がれ、落ちてきたクロムをその両手で受け止めた。

「ん…あれ、俺は…?」

 アイビィの光に包まれて、クロムは自我を取り戻す。

「……」

 プラチナは、無言で白皇山へと引き上げる。

 アイビィが放つ白光は、ゆっくりと、しかし確実に、戦場の黒い染みを取り除き、焼けた大地に命を吹き込んでいく。

「…興醒めだ。ここまでにしておくか」

 戦意を削がれ、呆けた顔をしている配下たちを眺め、バーミリオンは炎を収める。

「賛成! なんだかオレも、横になりたくなってきたぜ〜!!」

 ガネットも金棒を投げ出し、白花が咲き始めた大地に寝転ぶ。

 バーミリオンは、娘の無邪気さに苦笑いしつつ、どこか毒気が抜かれたように、物言わぬ緑王とその娘アイビィに語りかける。

「我も豊穣な土地が手に入るのであればそれに越したことはない。アイビィと言ったな…貴様に免じて、ここより先は今は緑ノ国に預けておこう。だが、いずれ奪いに来るぞ。それまでせいぜい我らのために、豊かな土地にしておくことだ」

 赤王は、そう言い残して兵を引いた。

 * * * *

 彩暦995年4月

 白皇を擁した赤王の電撃侵攻によって、黄ノ国は赤ノ国に併合された。

 この戦乱によって緑王は命を落とし、黄王も生死不明となる。

 永きに渡る均衡が崩れ、久方ぶりに黒境が塗り替わる。

 しかしこの騒乱はまだ、変革のはじまりに過ぎなかった。

 時代は、そこに生まれた絶望と希望を巻き込み、より大きくうねっていく…

第1章 完

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