赤春ノ章 第2話


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「ひとまず、お二人を緑ノ国にお帰しします。この騒動が収まるまではレモン様も、緑ノ国に身をお寄せ下さい」

 わずかな手勢を連れて、兜はアイビィ、クロム、そしてレモンを警護し、緑ノ国を目指している。

 黄ノ国の軍事力は、決して低くない。しかし、その領土は狭く、また周りを赤、茶、緑という3つの大国に囲まれていることもあり、防衛戦略上、緑ノ国と友好同盟を結んでいる。

「そして願わくばアイビィ様、緑王にこの騒乱のことをお伝えし、援軍を要請して頂けないでしょうか?」

 兜の依頼を受けて、アイビィは頷く。

「もちろんです! だからどうか、それまで持ち堪えて下さい!!」

「…有難うございます」

 兜は、少女に頼らざるを得ない己の境遇に歯噛みしつつも、アイビィの放つ凛とした雰囲気に、不思議と安心させられる。

「兜…母様たちは、大丈夫、よね?」

 レモンは、青い唇を噛み締めて問いかける。

「無論です、女王は強い。それに、皆さまを無事に届け終えたら…私も戻り、必ずや侵略者どもを討ち払いましょう」

「そうね!」

 兜はにっこりと微笑み返す。

「さて、そろそろ緑ノ国が見えてますよ…」

 そして前方を見据えた兜は、ここでわずかに目を細める。

(おかしい…)

 友好国である黄ノ国と緑ノ国の間に、黒境はない。ゆえに、互いに仰々しい警備部隊も配置していない。

 にもかかわらず、今前方には、緑色に属する爬人族(リザド)の大部隊が展開している。

「おお、甲人族どの! この度の奇襲、大変であったな!! しかし無事に王女を送りとどけてくれたこと、感謝しますぞ!!」

 爬人族の部隊中央で、最も目を引くエリマキと華美な装飾に身を包んだ族長が高らかに声を上げる。

「ベルデ! 迎えに来てくれたのですね、ありがとう!」

 安心したように、アイビィは爬人族の部隊に駆け寄ろうとする。

 しかし、兜はそれを制した。

「どうしました? ささ、早く王女をこちらへ…」

 ベルデはおもねるように手招きをする。

 そんなベルデに、兜は鋭い視線を向ける。

「…妙だな。此度の赤ノ国の侵攻…直前まで、我ら黄ノ国でさえ、その前兆を察知できなかった。ましてや、黄ノ国を挟んで、緑ノ国のトカゲどもが、これほど早く対応できるとは思えない。貴様達、赤ノ国がこのタイミングで侵攻してくることを知っていたな?」

「え…?」

 驚くアイビィとレモン。

「……」

 クロムとモノは事情を察する。

「あーあーあー…」

 面倒だ、と言うように、ベルデは鷹揚に頭を掻く。

「これだから疑り深い羽虫は嫌いだよ。そうとも、緑ノ国の王女が、のこのこ黄ノ国に行くタイミングを教えてやり…赤ノ国に侵攻時期を示唆したのはこのベルデ様だ!!」

「そんな…」

 アイビィはなお、同色種の裏切りが信じられない、というように絶句する。

「で、分かったところでどうする? こちらは勇猛な爬人族の全隊を集結させている。そちらは…ずいぶんと数が少ないように見受けるが?」

 ベルデは甲人族の部隊を見渡し、舌なめずりする。

「せっかくの手土産、大人しく王女を差し出すなら丁重に扱うと約束しよう。そうでないなら…ククク、オレ様に弱いもの虐めをさせないでくれよ?」

「…下衆が!」

 兜は、今にもベルデの首を刎ねようと、その愛刀に左手をかける。

 だが、甲人族ゆえの広い視野が、すんでのところでその判断を思い止まらせる。

(たしかに、連れてきたガード達は精鋭とはいえ寡勢…たやすくやられはしないものの、トカゲどもを全滅させられる保証はない。王女2人を脱出させる…そのために、最も実現可能性の高い選択肢は…)

 兜は配下をぐるりと見渡す。

 ガード達は一様に決意のこもった目で頷き返す。

(…今度は私が言う番、ということか)

 兜は、決意に、決意で応える。

「聞け、ガード達! 私はこれより王女2人を連れて、この戦線を離脱する! お前達は…ここでお前達の果たすべき役割を果たせ!!」

「おおおおおお!!」

 高揚する甲人族たちは、一斉に爬人族の部隊に襲いかかる。

「ギャオオ?!」

 予想外の先制攻撃に、爬人族たちはたじろく。

「ええぃ、ブンブンと五月蝿い虫どもめ! さっさと、虫どもを追い払え! そして奴らを逃すんじゃない!!」

 しかしベルデの檄で、爬人族たちも反撃体制を整える。

「…急ぎましょう。勢いで今は優勢とはいえ…いずれ数の力に呑み込まれます。そうなる前に、我らは爬人族の領域を迂回し…茶ノ国経由で緑ノ国を目指します!!」

 兜は一息に言い切ると…ガード達の最期を目に焼き付けて翔け出した。

 * * * *

 兜に導かれ、クロム達は黄ノ国と茶ノ国の黒境の中を進んでいる。

 茶ノ国と黄ノ国は明確な敵対関係にあるとは言えないものの、その間には浅からぬ黒境が存在する。

 黒境…それは、流された色が混ざり、生まれた『黒』がはびこる領域だ。

 黒はその特性として、他の色を染色し、取り込もうとする。

 それゆえに動色物は黒を恐れ、理由なく黒境に足を踏み入れることはしない。

「はぁッ!」

 襲いくる黒を、兜は刀で斬り払う。

 飛び散る黒の飛沫を一身に受け、兜は道を切り拓く。

「…俺も!」

 クロムも助太刀しようとする。

 しかし、兜はそれを制する。

「クロム君、ここは私に任せて、君もできる限り黒から離れておいてくれ」

 そう言うと兜は、不安そうなレモンを一瞥したのち、再びクロムに向き直る。

「君が汚れると、レモンが悲しむ。それに…君にはまだ君にしかできない、果たすべき役割があるように、私には思えるのでね」

 * * * *

 兜の奮闘によって、やがて一行は黒境の終わりへと辿り着く。

「すごい、さすが兜ね! さ、とっとと先を急ぎましょ!!」

 無事に黒境を抜けられたことで元気を取り戻したレモンは、笑顔で後ろを振り返る。

 しかし、兜は黒境の端で足を止めている。

「どうしたの? 早く行くわよ…」

 形の良い眉をひそめるレモンに、兜は優しい声で答える。

「レモン様、どうやら私はここまでのようです」

「は? 何つまらない冗談を…」

 引き返そうとするレモンを、クロムの腕が、クロムの意思とかかわりなく、引き留める。

(モノ?)

 額当ての下で第3の目がひっそりと開き、クロムの内面に語りかける。

(これ以上見てやるな。アイツは…黒を浴びすぎた)

「!!」

 雀蜂を模した兜の黄の甲冑が、ざわざわと黒に染まっていく。

「兜…?」

 目の前の現実を拒絶するように、レモンは青ざめた顔を兜に向ける。

 対して兜は最期を悟り、これ以上ないほど優しく、どこか清々しい顔で応える。

「レモン様…いや、レモン、大きくなったな。今までありがとう。君が生まれてきたことで…私は私になれたんだ」

 仮面までが黒に染まると、兜は身を翻し、黒境の中へ消えていく。

「兜ーッ!!」

 クロムは、叫び続けるレモンを抱えて走り出した。

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