白冬ノ章 第4話


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「うまうま…」

 シルビアは、降り注ぐおだんごうおを食べている。

 白翼でありながら、白の襲撃からガネットを守るべく戦った彼女は、消費した栄養を補給しているのだ。

「…どうした? 何か思うところでもあるのか?」

 赤王バーミリオンは、その傍らで珍しく無口なガネットに尋ねる。

「…親父は、黒境をなくすために、赤による統一を目指していたんだよな?」

「ああ…」

 バーミリオンは、引き上げていく白翼の軍勢を見送りながら答える。

「でも、侵略される側ってこんな気持ちだったんだな」

 ガネットは宝石のような赫眼(かくがん)を曇らせる。

「将来の黒境をなくすために、黒を作り出してでも戦火を広げる。でも白で黒を浄化しても、そこで失われた色たちは…還ってこないんじゃねぇかな?」

「……」

 バーミリオンは口を閉ざす。

 赤王であるバーミリオンにとって、自色の繁栄こそが常に最上の命題であった。ゆえにその過程で生じる他色の犠牲には、あえて目を瞑ってきた。

「ならば、どうする?」

 自身も答えを持たない問いを、赤王はあえて娘に尋ねる。

「オレは、世界を赤で塗り潰すんじゃなくて、黒境も、他色も…ぜんぶひっくるめて、そのまま残して、統治したい!」

「…なに?」

 思いもよらない答えに、赤王は驚く。

「焼き焦がした領土を治めて、それで黒境が無くなったとしても…そんな世界はつまんないだろ? だって、遊び相手がいないんだから」

「くくくく……」

 国も、黒境も残したまま、反逆の芽を残したまま、遊びと称してそれらを力で抑え込む。それは…

「それは、我が目指したものより、遥かに難しい『覇道』だぞ?」

「だから、面白ェんじゃねぇか!!」

「くははははははは!!」

 赤王は心の底から、笑う。

「シルビア…お前はどうする? プラチナとともに、また白皇山に引き籠るか?」

 おだんごうおを頬張りながら、シルビアは答える。

「えー? もぐもぐ…。それは楽(らく)そうだから惹かれますけど…もぐもぐ」

「……」

「ごくん。このままキミたちを観察していた方が、楽(たの)しそう、ではありますね」

 そう言ってシルビアは、不敵に笑う。

(くくく…)

 白いペンキを撒き散られたような自国の惨状と、目の前で光り出した赫と銀の輝きをみて…赤王はそっと独りごちる。

(我より若く、激しい炎。それは銀の触媒を得て、これからの世界を、照らすのか、焦がすのか…我も楽しんで見せてもらうとするか)

 そして赤王は、眩しそうに嗤った。

 * * * *

「大丈夫やったか?! レモン!!」

 緑ノ国の王城、レモンに与えられた客室に、土人族の少年カーキが駆け込んでくる。

「見ての通りよ。てか、アンタが来たってことは…茶ノ国はもう大丈夫みたいね」

 レモンは、パンパンと裾を叩く。

「すまん! 茶ノ国の防衛に手間取ってもうた!!」

 傷を負っているレモンを見て、カーキは申し訳なさそうに手を合わせる。

「…バカーキ。アンタも仮にも王族なんだから、アタシより国を優先するのは当然だっつの。てか、平然とその逆ができるようなヤツなら、こっちから願い下げよ」

「レモン!!」

 感極まって、口をすぼめて抱きつこうとするカーキを、レモンは蹴り飛ばす。

「そういうのはまだ早い!!」

「げふぅっ!」

 カーキは満足そうに足蹴にされる。

 しかし続くレモンの哀しげな表情に、カーキの心は乱される。

「それに…国はあるうちに、大切にしておいた方がいいわよ」

「レモン…」

 カーキには返す言葉がない。

「…そのことなのだが」

 そこへ徐(おもむ)ろに、城外を哨戒していたレモンの兄、イェロウが戻り声をかける。

「白の襲撃の影響か、今は黄の王宮までの黒境が消失し、赤ノ国の兵士達も本国へ引き上げているようだ」

「それって…」

「ああ。もちろん罠の可能性もある。だが我らとて、いつまでも緑ノ国の客人でいるわけにはいかないだろう?」

 そう言ってイェロウは、レモンの瞳を覗き込む。

「そうね」

 レモンは、決意するように立ち上がる。

「緑ノ国内に、蜂の巣を作るわけにはいかないのも事実。だったら女王の血を引く者として、この機を逃すわけにはいかないわよね」

 レモンの胸には、自国への想いと、友人への想いが複雑に絡み合う。

「…君は、どうする?」

 そこでイェロウは、今度はカーキの瞳を見つめる。

「ワイは…もう何があっても、レモンの味方をするって決めたんや」

 土人族の少年も、心を決めたように頷く。

「ありがとう」

 イェロウは、優しく嗤い返す。

(勝算はある。それにこの道が、妹のためになると信じている。それでも、若者たちを再び戦火に送り込む私は…悪い大人、なのだろうな)

 イェロウは再び兜をかぶり、新たな女王とともに出立した。

 * * * *

「帰るのか?」

 緑と青の黒境で、半爬人族の女性ベイルは、去りゆく青年に声をかける。

「…そうだね」

 殻人族(シェルズ)の美青年騎士セレストは、涼しい顔で答える。

「緑ノ国も…お前にとっては窮屈だったか?」

 ベイルは視線を斜めに落とし、爪を己の左腕に食い込ませる。

「…違うよ?」

 セレストは小さく首をふる。

「緑ノ国は…君の側は、とても居心地が良かった。だからこそ僕は…一度シアンに、ちゃんと向き合ってあげなきゃ、って思えたんだ」

「……」

 セレストの決意に、ベイルは複雑な想いに駆られる。

「君が緑王を支えるように、僕は青王を支えるべきだ。その役目から逃げているようでは…僕は本当の意味で、君の隣に立つことはできない」

「それって…」

 セレストの澄んだ蒼い瞳に、思いがけない強い光を見て、ベイルは驚く。

 そんなベイルの表情を見て、セレストは少しだけその口元を和らげる。

「だから君に相応しい男になったら、またここに帰ってくるよ。そのときには…これを受けとって欲しい」

 そう言ってセレストは、蒼く輝く珠をベイルに見せる。

 殻人族の真珠(パールオブシェルズ)…それは、意中の相手に贈る、殻人族一世一代のプロポーズだ。

「…見せるだけ、ね。ったく、お前は本当に悪い男だよ」

 ベイルは呆れたように、しかしまんざらでもないように、そう答える。

「行け行け! 行ってシアンに絞め殺されてこい!!」

 そう言ってベイルは、尻尾を振るってセレストを押し出す。

「うん? それじゃあ…」

 セレストは首をかしげながら、潜水艇につめ込まれる。

(やれやれ…。むしろシアンに同情しちまうよ。ちなみに己(おれ)だって、ただ待ってるって保証はないからな!!)

 ベイルは大きく、ため息をつく

 しかしその尻尾は、むしろ楽しそうに揺れていた。

 * * * *

「というわけで、紫ノ国も無事に復興を始めていますので、ご安心ください」

 玉座にいるアイビィに向かって、紫の忍、キキョウは平伏して上奏する。

「ありがとう。でもそのくらいなら、牙鳥貝(カラスガイ)の報告でも十分なのに…」

 アイビィは、少し恐縮したように答える。

「いえいえ、時折足を運ぶのも一興…キキョウの旅の楽しみを奪わないで下さいませ」

 キキョウは、くすくすと笑って答える。

「それにキキョウ不在の間は…現紫王カキツバタが、きちんとリンドウを見張っておりますからご安心下さい。…もっともリンドウは、こちらでの狼藉に続いて白との戦いで消耗しつくしておりますので、悪さをする元気もないと思いますけれど」

 キキョウは愉快そうに笑う。

「そうそう、カキツバタからくれぐれも、アイビィ様に宜しくお伝えするように仰せつかっております。これからは友好国として、是非親交を深めて参りたいと」

 その一言に、アイビィも耳を弾ませる。

「本当ですか?! それはありがたいお言葉です! こちらこそ、ぜひお願いします、とお伝え下さい!」

「承知しました♪」

 そう言うとキキョウは、一陣の風とともに姿を消す。

「もう行っちゃった…。せっかく来るなら、ゆっくりしていってくれればいいのに」

 アイビィは残念そうに呟く。

「…ああは言っていたものの、やっぱり自国の様子が気になるんじゃないか?」 

 アイビィの隣で、クロムが言う。

「そういうものかなぁ?」

 アイビィは、なおも怪訝そうだ。

「しかし…キキョウさんって、なんでカキツバタさんのことになると、あんなに親しげな口調になるんだろう? 国主と忍の関係…なんだよね?」

 クロムはそこで話題を変える。

「ああ、クロムは知らなかったっけ? キキョウさんとカキツバタさんは、幼馴染なんだって」

「へぇ…」

 クロムは何となく、次の展開を予想する。

「私たちと同じだね♪」

 そう言ってすり寄ってくるアイビィの頭を、クロムは微笑みながらそっと撫でた。

第4章 完

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