紫秋ノ章 第3話


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「なんだ、皆、戦争は嫌いなのか? 喧嘩祭りみたいで楽しいのに!」

 ガネットは機嫌良さそうにそう言って、豪華な料理に舌鼓を打っている。

「でもそんなに嫌なら、オレから親父に伝えておこうか?!」

「…それは是非お願いしたいねぇ。赤ノ国が侵略せぬと誓うてくれるのなら、妾たちも軍備に国力を割かなくてすむ」

 青王シアンは、久方ぶりの生セレストに頬を赤らめつつも、ガネットの言動にはしっかり王としての立場で応対する。

「……」

 レモンはガネットの発言に眉をひそめながら、何かを飲み込むように、黙々と目の前の食事を口に運ぶ。

「ほっほっほ…六国の代表が、曲がりなりにもこうしてまた同じ卓を囲む日がくるとはのぅ。バーミリオンの若造が代理で済ませておるのは業腹(ごうはら)じゃが…アイビィ殿の発案と気概には、改めて感謝せねばのう」

 茶王ブラウンは、感心したように豊かな白ひげを撫でつけている。

 思いの外、順調に進む収穫祭の進行を見て、アイビィはそっと胸を撫で下ろす。

(良かった。イチかバチかと思ったけれど…声をかけて、本当に良かった!)

 そして会場には、兎耳の給仕係が毒味した後に、最後の杯が配られる。

「本日はお集まりいただきありがとうございました! 今日という日が、六色が手を取り合える明日のきっかけになりますように! 乾杯!!」

 主催者のアイビィは、満面の笑顔で閉宴の挨拶(クロージング)をする。

「乾杯!!」

 各色の代表たちは、一斉に杯をあおる。

「?!」

 しかしそこで、異変は起こった。

 まずレモン、そしてガネットが苦しみはじめる。

「か…は…」

 2人の首もとから紫のすじが浮き上がり、やがて顔を這うように拡がっていく。

「これは…紫毒(しどく)か!!」

 自身の変化を抑え込みながら、苦々しげにシアンが呻く。

「リンドウ…舐めるなよ、小童(こわっぱ)めが! この程度で、儂らをどうにかできるとでも!!」

 同じく毒素に抵抗している茶王が、ひげを逆立てて激昂する。

「くくくく…無論、それだけでどうにかできるとは思っておらぬよ。色力の低い、未熟者どもは別にしても、ね」

 紫王リンドウはそう言って、蔑むように若い2人の王女を見下ろす。

「紫毒はあくまでも前投薬…この後に、我が術色を染み込ませやすくするための亀裂作り(クラッキング)に過ぎぬよ」

 そう言うとリンドウは、手に持った笏(しゃく)で韻を切る。

「ぐぉぉおおおおお?!」

 すると祝卓の下…地表から巨大な紫の色陣が浮かび上がり、紫毒で耐性を落とされた青王と茶王、そして各色の護衛者たちを染色していく。

「くくくくく…! 六色が手を取る未来だの…くだらぬ長話のおかげで、術色をこの地に染み込ませる時間はたっぷりとれたものでね。愚昧(ぐまい)な色王ども…我が生ける紫屍(しかばね)として、存分に踊ってもらおうか!!」

 リンドウは甲高く、嗤う。

 リンドウの固有術色『生ける紫屍(リビングパープル)』…それは濃い色力をぶつけることで、本来死者にしか効果のない紫屍操術(しかばねそうじゅつ)を、生者に適用する荒技だ。

「そん…な」

 アイビィは、顔を白くして立ち尽くす。

「ふむ。やはり、『白』の色を引く輩には効きが悪いね…」

 この場で自色を保つアイビィとクロムを見て、リンドウは予想通りと言うように呟く。

 黒に次ぐ濃い色相を持つ紫…中でも他色種を上書きする紫屍の術色は、黒に近い特色を持つ。

 そのため、白の力によってその効果が薄められるのだ。

「だがこの状況で、緑王に自我が残っているというのもまた一興…」

 リンドウは笏でアイビィを指しながら、意地悪く嗤った。

「其方の提案が招いたこの惨状…さて、ご気分はいかがかな?」

「…ッ!!」

 その所業に耐えかねて、クロムはリンドウに斬りかかろうと剣を抜く。

 ぐっ

「?!」

 しかしその手は、同じくアイビィの側にいた、兎耳の女性に掴まれる。

「アルミラ…さん?」

「ごめんね。純粋な貴方たちを弄ぶのは心が痛むけれど…『使命』のためにはこういうことも必要なの。許してね♪」

 そう言うとアルミラから、包帯をほどくように薄皮が剥がれ…中から妖艶な詩人族の女性が姿を現す。

「ご苦労だったね、キキョウ! くくく…紫毒は元が紫色のキキョウには効かぬ。其方(そなた)の毒味に安心して杯をあおる色王たちの間抜け面は…まこと傑作であったことよ!!」

「あまり品のいい見せ物だったとは思いませんけどね」

 キキョウはそう言って、ふわり、と飛ぶと、リンドウの隣へと舞い降りる。

 今やリンドウの横にはキキョウ、そしてその周りには、紫屍化された各色の王とその衛士たちが侍(はべ)っている。

「さて、改めて伺おう。若き緑の王女よ…今のご気分はいかがかな?」

「……」

 アイビィは、崩れ落ちそうになる気持ちを奮い立たせて、なんとか、次の言葉を紡ぐ。

「私は…どうすれば良いですか?」

 するとリンドウは細目を見開く。

「ほほう! このリンドウ…聡明で物分かりの良い女子(おなご)は嫌いではない。そうよのぅ、この場を収めて欲しければ…其方には貞淑(ていしゅく)な妻として、紫ノ国に輿入(こしい)れして頂きましょうか」

「貴様ァァアアア!!」

 クロムはアイビィの前に立ちはだかり、額当てに手をかける。

(…気持ちは分かるがやめておけ。いかに黒に近いとはいえ、あの紫屍たちと同化するのはリスクが高い)

 しかしモノは如何にも気が乗らない、という風に静止する。

(でも…!!)

 クロムが静止を振り切ろうとしたところで…

「うーん、面倒くさいですが…もぐ…アレはプラチナ様も、絶対嫌いなやつですよね…もぐもぐ」

「?!」

 一同が見上げると、この場で紫屍化を免れたもう一つの白…シルビアが、串焼きおだんごうおを頬張りながら上空に佇んでいた。

「シルビア…ふらーっしゅ!!」

 奇妙なポーズをとったシルビアから、十字の白光が降り注ぐ。

「…なんだと?」

 予想外の存在による不意の強襲に、リンドウはたじろぐ。

「ぐぉお…?!」

 白十字に射止められた紫屍たちは、動きを止め、徐々に自色を取り戻していく。

「もぐもぐ…まだまだ! 天翔る天使の救世の光ッ!!(ヘヴンリーエンジェリックアセンション)」

 ずぴかかかかか!

 シルビアは、ふざけた名前でふざけた威力の白光を乱射し、紫屍たちを無力化する。

「ば、ばかな…」

 リンドウはしばし呆然とする。

 クロムの持つ白の力は限定的であり、脅威にはならない。ゆえにリンドウは、紫屍術を無力化し得るアイビィを警戒し、念入りにその心を折ることで、その制圧と取り込みに自信を持っていた。しかしその試みは…気まぐれな『白』の介入で瓦解した。

「何者だ貴様ぁぁあああ!!」

 計画を邪魔され、リンドウは激昂する。

「シルビアちゃんですけど?」

 対するシルビアは、きょとんとして答える。

「ところでもう疲れたんで、ここらでおやつ休憩にしまーす」

 そう言ってシルビアは、テーブルに残されたおだんごうお料理を食べ始める。

「……」

 リンドウは怒りに身を震わせる。

「くすくす…あははははははは!」

 するとその横で、キキョウが突然笑い始める。

「何が可笑しい?!」

 リンドウはキキョウを怒鳴りつける。

「リンドウ様…もうやめましょう。私たちの…いえ、貴方の負けです」

「私の負けだと? …バカが。まだそこの大飯くらいを倒せばどうとでもなるわ! こういう時こそ、キキョウ、お前が主の意思を汲んでさっさと対処するべきだろう?!」

 リンドウは怒りながらも冷静に、シルビアのエネルギー不足に勝機を見いだす。

「私が言っているのはそういうことではなくてですね…」

 しかしキキョウは、自身の術色、付喪操術(つくもそうじゅつ)で使役している羽衣蝶(はごろもちょう)を用いて、リンドウの方を拘束する。

「貴様、何を?!」

 腹心のはずの諜報員の裏切りに、さしものリンドウも慌てる。

「勘違いなさっているようですけれど…私が仕えているのは、紫ノ国であって貴方ではありません。国のためにその身を差し出そうとする王女と、国のためと言いながら己の欲望を満たそうとする貴方…よく、『本質』を見定めさせて頂きました」

 そう言うとキキョウは、ぱちん、と指を鳴らす。

「む…」

 すると地表から立ち昇る色陣を羽衣蝶が覆い…リンドウの術色が完全に解ける。

「リンドウ…お主、覚悟はできておるのだろうな?」

 そして自由になった茶王の、天を衝く様な白ひげを見て…縛られたリンドウは気絶した。

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