紫秋ノ章 第1話


前話  1話  2話  3話  4話

「収穫祭(ハーヴェスタ)をやるよ!」

 復興が進む緑の王城で、アイビィはそう宣言した。

「収穫祭かぁ…確かに去年はそれどころじゃなかったからな」

 クロムは感慨深く思い出す。

 今は彩歴996年…赤ノ国の黒境侵犯に始まった騒乱から、一年余が経過していた。

「いいんじゃない! アタシたちも全力で協力するわ! ね、兄さん!!」

 騒乱で領土を失った黄ノ国の王女レモンは、緑ノ国の賓客(ひんきゃく)として身を寄せている。

「もちろんだ」

 兄と呼ばれた甲人族(セクト)の武人イェロウは、今は兜を外し、端正な顔で微笑み返す。

「わ、ワイも物資運搬で力になるで! 土人族(ドワーフ)の輸送能力は世界一や!!」

 2人から少し離れて、土人族の少年カーキは、精一杯アピールする。

「リィ!!」

 その相棒の煉瓦人形(ブロックゴーレム)も、張り切るように腕を回す。

「…世界一、は言い過ぎじゃない? 僕も輸送船団で協力するよ。青ノ国の海運能力は、本当に世界一だから」

 殻人族(シェルズ)の美青年騎士セレストは、涼しげな流し目で付け加える。

「り、陸運…地中運?やったら世界一なんや!! 大体あんさん、あれだけ青王と派手にケンカ別れしといて、青ノ国とのパイプ役なんて務まるんかいな?!」

 カーキは反論する。

「大丈夫でしょ。あれから何回か、シアンとは九鳥貝(ハトガイ)で話したけど…『セレストが喜ぶならなんでもするから!』って言ってくれたよ?」

 セレストは爽やかに言い放つ。

 半爬人族の衛士ベイルは、半ば呆れるように眉をひそめる。

「…あんたも大概たくましいな。蓋を開けてみれば、依存してたのはセレストよりもむしろシアンの方だった、ってわけ?」

 ベイルの台詞に、セレストはわずかに首を傾げる。

「依存? よく分からないけど…力を貸してくれるって言ってるんだから、頼ったほうが良くない?」 

 ベイルは今度こそ呆れ返った、というように肩をすくめた。

「…その無自覚な人たらしで、いつか誰かに刺されないように気をつけろよな」

(くすくす…)

 応接間に集まった面々の賑やかなやり取りを見て、アイビィは頬を緩ませる。

(この1年で、みんな、本当に変わったなぁ…)

 ここにいる皆にとって、平穏な1年間では決してなかった。

 しかし、それぞれが支え、支えられ…今の笑顔を紡いだのだ。

(変わらないのは…)

「?」

 そこでアイビィは、隣に控える鈍感な義兄の顔を見る。

 アイビィの想いに全く気づくそぶりのないクロムの顔に、アイビィはわずかに天を仰ぐ。

(私とクロムの関係性くらいかぁ〜)

 アイビィは、クロムと血が繋がっていない兄妹であることを知った。

 それ以降アイビィは、どことなく意識が変わったことを自覚しているのだが…

「何? 収穫祭の話してたから、お腹でもすいた?」

 クロムに距離を置かれたことはあっても、距離を詰めようとする素振りは感じられない。

「違うよ!!」

 アイビィは、つくづく的外れなクロムの推測に、ねこぱんちで返す。

(でもまぁ…昔みたいな距離感に戻れた、ってところを今はよしとしなくちゃね)

 そう思い、クロムに微笑み返す。

(キキキ…)

 クロムの額に同居するモノは、興味深そうに笑っている。

「え、えーっと、こほん。アイビィ様、そろそろ説明してもよろしいでしょうか?」

 するとそこへ、呼ばれていた小柄の植人族(ベジド)が申し訳なさそうに口を挟んだ。

「あ、ごめんなさい! お願いします! こちらはキャベジさん! 小さく見えるけど、とっても物知りな植人博士(ベジドクター)なんだよ! 今年の収穫祭の仕切りをお願いすることにしたから…今日はみんなに紹介を兼ねて、説明をお願いしました!!」

 アイビィは早口で紹介する。

 すると小さな植人博士は、誇らしそうに一歩前に進み出る。

「はい! ご紹介に預かりました、キャベジと申します。みなさま、よろしくお願いします!」

 どこか学級委員のようなキャベジの言動に、一同は頬を緩ませる。

「今年の収穫祭は、一味違う趣向を考えています。しかしそのことを説明するために、まず皆様に見て頂きたい場所があるのですが…これからご案内してもよろしいでしょうか?」

 一同は顔を見合わせて、やがて頷く。

 その様子を見て、アイビィは微笑む。

「みんなありがとう! 私も一緒に行きたいんだけど…この後、『ご判断を頂かなくてはならない案件がたくさんありますので!』ってセロリンティウスさんに言われちゃっているから…」

 たはは…とアイビィは苦笑いする。

「というわけで、キャベジさん、よろしくね!」

 そう言ってにっこりと微笑むアイビィに、キャベジは張り切って答える。

「はい! それでは皆さん、キャベジについてきてください!!」

一同は、キャベジに続いて王城を後にした。

 * * * *

「お待たせしました! ここが、ご案内したかった場所です」

 キャベジが手を広げると、その先には一面に広がる野菜畑が広がっていた。

「うわぁ…綺麗…!!」

 そして、とととっと駆け寄ったレモンが目にしたのは、幻想的な景色だった。

 豊かな緑に惹かれるように、空から、ふわふわと『白』が舞い降りている。

「この世界に降り注ぐ無垢なる『白』…おだんごうおの大量発生です」

 キャベジは訥々(とつとつ)と説明を始める。

 黒への対抗手段として色神が使わせた白とは別に、光の世界から自然に降り注ぐ白が存在する。

 それが、白い妖精とも称される小さな動色物…おだんごうおだ。

 おだんごうおは、魚類というよりも、水中・空中を問わず浮遊するプランクトンに近い。

 おだんごうおはかつて、世界中に存在していた。

 そして最も基礎的な生産者として、動色物の口に入ることでその濁りを中和し、人知れず世界の安寧に寄与してきたのだ。

 しかし近年、色世界そのものの濁りによって、その観測数は激減していた。

「あの忌むべき赤の騒乱の際、アイビィ様が芽吹かせた不思議な白と緑の力…それが、このような現象を引き起こしたものと考えられます」

 黒境の傍にありながら、豊かに、強く咲き誇る緑…そしてそこに集まる白き妖精たちは、黒境を押し返し始めていた。

「誰もが口にしたことのあるおだんごうお…そのおだんごうおが今、誰もが恐れる黒を押し返しているという事実…全く、この世界の真理は、探求に飽くことがありません!!」

 キャベジはキラキラと目を輝かせる。

「…と、少し話が逸れてしまいましたね。本題はこうです。緑の護国豊穣を祝うのが従来の収穫祭ですが…六色の賓客を招いて、この奇跡のような豊穣をとともに祝い、平和への架け橋としたい! それが、私とアイビィ様の考える今年の収穫祭です!!」

「……!!」

 クロムは改めて、目の前の光景と、アイビィの志の大きさに驚く。

 しかし同時に、大きな懸念も舞い上がる。

「…それって、赤ノ国も招く、ってこと?」

 案の定、レモンはキャベジに昏い目を向ける。

「…私たちはできればそうしたい、と考えています」

 キャベジは控えめながらも、はっきりと答える。

「…少し、考えさせて」

 レモンは身を翻(ひるがえ)す。

「あ、れ、レモン…?!」

 カーキはおろおろと取り乱す。

 ぽん

「?!」

 その背を、イェロウが優しく押す。

「今のレモンに必要なのは、同じ立場の私ではなく…君の言葉だと思う。確か…レモンを惚れさせる男になるんだろう?」

 そう言って、イェロウはニヤリと笑う。

「は…え? あ、ああ!!」

 イェロウにまで伝わっていることに赤面しながら、カーキはレモンの背に向けて駆け出した。

 * * * *

 赤ノ国となった旧黄ノ国領…そこに続く黒境へと、レモンは歩を進めていく。

「ちょ、ちょっと待ちや! レモン!! このままやと黒境に入ってまうで?!」

 追いついたカーキは止めようと、レモンの肩に手をかける。

「なら、アンタが守ってよ」

 しかし、レモンはにべもなくその手を払い、黒境へと足を踏み入れた。

(なんやっちゅーねん、ほんまに…)

 カーキは恐る恐る、レモンに続いて黒境へ入る。

「……」

 幸い、おだんごうおの影響だろうか、黒境内の黒は大人しく、二人の様子を見守っている。

「あった…」

 やがてレモンは黒境の横穴から、静かな空間へと入っていった。

「ここは…!」

 後を追ってきたカーキは驚く。

 そこは、静謐(せいひつ)な祠だった。

 黄ノ国の歴代王族が着用したと思われる、荘厳な宝具が並んでいる。

 やがてレモンは、一つの仮面の前で足を止める。

「母様…やっぱりもう、祀られていたのね」

 永く生死不明とされてきた黄王カモミラ、その后冠がここにあるということは…

「……」

 カーキは全てを理解する。

「アタシだって、アイビィの意図は理解できる。むしろ、正しいことだって思う。戦争に戦争で返すんじゃなくて、平和への道を呼びかける…でも、体が、心が、ついていかないのよ! 母様を殺した赤い鬼たちを笑顔で迎え入れるなんて、アタシにはできないよ!!」

 レモンは后冠を抱き、泣き崩れる。

「アイビィだって、あの戦争で父王を亡くしてる。なのに…なんでそんなことができるの? それともそう思えない、アタシの方が小さいの?!」

「……」

 レモンの感情は、流されそうになる自分と、在るべき自分の狭間の中で、もがいている。

「突っ立ってないで、何とか言いなさいよ、バカーキ!!」

 レモンはカーキに、后冠を投げつける。

 カーキは后冠をキャッチすると、傷つけないよう慎重に戻して、レモンへと近づく。

「ワイには、正解はわからへん。どうすべきか、どうしたいかは、ワイが軽々しく口にして良いもんやないと思う」

「……やっぱりアンタって役立たず…」

「せやけど、これだけは言える」

「?!」

 そして、レモンの前に跪き、見上げるようにして笑った。

「レモンは小さくなんてあらへん。一生懸命に翔ぼうとしとる…誰よりも大きな翅を持った、誰よりも偉大な女王様や」

「っ…!!」

 レモンは、涙でぐしゃぐしゃになった顔で、なんとか声を絞り出す。

「ち…チビに誉められたって嬉しくないのよ!!」

 そう言って、差し出された顔を踏みつける。

「たはは…それでこそ、レモンや!!」

 レモンに頭を踏まれながら、カーキは横目で后冠を見上げる。

 付ける者を失ったはずの后冠が、微笑んでいるようにカーキには見えた。

次話

PAGE TOP