「収穫祭(ハーヴェスタ)をやるよ!」
復興が進む緑の王城で、アイビィはそう宣言した。
「収穫祭かぁ…確かに去年はそれどころじゃなかったからな」
クロムは感慨深く思い出す。
今は彩歴996年…赤ノ国の黒境侵犯に始まった騒乱から、一年余が経過していた。
「いいんじゃない! アタシたちも全力で協力するわ! ね、兄さん!!」
騒乱で領土を失った黄ノ国の王女レモンは、緑ノ国の賓客(ひんきゃく)として身を寄せている。
「もちろんだ」
兄と呼ばれた甲人族(セクト)の武人イェロウは、今は兜を外し、端正な顔で微笑み返す。
「わ、ワイも物資運搬で力になるで! 土人族(ドワーフ)の輸送能力は世界一や!!」
2人から少し離れて、土人族の少年カーキは、精一杯アピールする。
「リィ!!」
その相棒の煉瓦人形(ブロックゴーレム)も、張り切るように腕を回す。
「…世界一、は言い過ぎじゃない? 僕も輸送船団で協力するよ。青ノ国の海運能力は、本当に世界一だから」
殻人族(シェルズ)の美青年騎士セレストは、涼しげな流し目で付け加える。
「り、陸運…地中運?やったら世界一なんや!! 大体あんさん、あれだけ青王と派手にケンカ別れしといて、青ノ国とのパイプ役なんて務まるんかいな?!」
カーキは反論する。
「大丈夫でしょ。あれから何回か、シアンとは九鳥貝(ハトガイ)で話したけど…『セレストが喜ぶならなんでもするから!』って言ってくれたよ?」
セレストは爽やかに言い放つ。
半爬人族の衛士ベイルは、半ば呆れるように眉をひそめる。
「…あんたも大概たくましいな。蓋を開けてみれば、依存してたのはセレストよりもむしろシアンの方だった、ってわけ?」
ベイルの台詞に、セレストはわずかに首を傾げる。
「依存? よく分からないけど…力を貸してくれるって言ってるんだから、頼ったほうが良くない?」
ベイルは今度こそ呆れ返った、というように肩をすくめた。
「…その無自覚な人たらしで、いつか誰かに刺されないように気をつけろよな」
(くすくす…)
応接間に集まった面々の賑やかなやり取りを見て、アイビィは頬を緩ませる。
(この1年で、みんな、本当に変わったなぁ…)
ここにいる皆にとって、平穏な1年間では決してなかった。
しかし、それぞれが支え、支えられ…今の笑顔を紡いだのだ。
(変わらないのは…)
「?」
そこでアイビィは、隣に控える鈍感な義兄の顔を見る。
アイビィの想いに全く気づくそぶりのないクロムの顔に、アイビィはわずかに天を仰ぐ。
(私とクロムの関係性くらいかぁ〜)
アイビィは、クロムと血が繋がっていない兄妹であることを知った。
それ以降アイビィは、どことなく意識が変わったことを自覚しているのだが…
「何? 収穫祭の話してたから、お腹でもすいた?」
クロムに距離を置かれたことはあっても、距離を詰めようとする素振りは感じられない。
「違うよ!!」
アイビィは、つくづく的外れなクロムの推測に、ねこぱんちで返す。
(でもまぁ…昔みたいな距離感に戻れた、ってところを今はよしとしなくちゃね)
そう思い、クロムに微笑み返す。
(キキキ…)
クロムの額に同居するモノは、興味深そうに笑っている。
「え、えーっと、こほん。アイビィ様、そろそろ説明してもよろしいでしょうか?」
するとそこへ、呼ばれていた小柄の植人族(ベジド)が申し訳なさそうに口を挟んだ。
「あ、ごめんなさい! お願いします! こちらはキャベジさん! 小さく見えるけど、とっても物知りな植人博士(ベジドクター)なんだよ! 今年の収穫祭の仕切りをお願いすることにしたから…今日はみんなに紹介を兼ねて、説明をお願いしました!!」
アイビィは早口で紹介する。
すると小さな植人博士は、誇らしそうに一歩前に進み出る。
「はい! ご紹介に預かりました、キャベジと申します。みなさま、よろしくお願いします!」
どこか学級委員のようなキャベジの言動に、一同は頬を緩ませる。
「今年の収穫祭は、一味違う趣向を考えています。しかしそのことを説明するために、まず皆様に見て頂きたい場所があるのですが…これからご案内してもよろしいでしょうか?」
一同は顔を見合わせて、やがて頷く。
その様子を見て、アイビィは微笑む。
「みんなありがとう! 私も一緒に行きたいんだけど…この後、『ご判断を頂かなくてはならない案件がたくさんありますので!』ってセロリンティウスさんに言われちゃっているから…」
たはは…とアイビィは苦笑いする。
「というわけで、キャベジさん、よろしくね!」
そう言ってにっこりと微笑むアイビィに、キャベジは張り切って答える。
「はい! それでは皆さん、キャベジについてきてください!!」
一同は、キャベジに続いて王城を後にした。
* * * *
「お待たせしました! ここが、ご案内したかった場所です」
キャベジが手を広げると、その先には一面に広がる野菜畑が広がっていた。
「うわぁ…綺麗…!!」
そして、とととっと駆け寄ったレモンが目にしたのは、幻想的な景色だった。
豊かな緑に惹かれるように、空から、ふわふわと『白』が舞い降りている。
「この世界に降り注ぐ無垢なる『白』…おだんごうおの大量発生です」
キャベジは訥々(とつとつ)と説明を始める。
黒への対抗手段として色神が使わせた白とは別に、光の世界から自然に降り注ぐ白が存在する。
それが、白い妖精とも称される小さな動色物…おだんごうおだ。
おだんごうおは、魚類というよりも、水中・空中を問わず浮遊するプランクトンに近い。
おだんごうおはかつて、世界中に存在していた。
そして最も基礎的な生産者として、動色物の口に入ることでその濁りを中和し、人知れず世界の安寧に寄与してきたのだ。
しかし近年、色世界そのものの濁りによって、その観測数は激減していた。
「あの忌むべき赤の騒乱の際、アイビィ様が芽吹かせた不思議な白と緑の力…それが、このような現象を引き起こしたものと考えられます」
黒境の傍にありながら、豊かに、強く咲き誇る緑…そしてそこに集まる白き妖精たちは、黒境を押し返し始めていた。
「誰もが口にしたことのあるおだんごうお…そのおだんごうおが今、誰もが恐れる黒を押し返しているという事実…全く、この世界の真理は、探求に飽くことがありません!!」
キャベジはキラキラと目を輝かせる。
「…と、少し話が逸れてしまいましたね。本題はこうです。緑の護国豊穣を祝うのが従来の収穫祭ですが…六色の賓客を招いて、この奇跡のような豊穣をとともに祝い、平和への架け橋としたい! それが、私とアイビィ様の考える今年の収穫祭です!!」
「……!!」
クロムは改めて、目の前の光景と、アイビィの志の大きさに驚く。
しかし同時に、大きな懸念も舞い上がる。
「…それって、赤ノ国も招く、ってこと?」
案の定、レモンはキャベジに昏い目を向ける。
「…私たちはできればそうしたい、と考えています」
キャベジは控えめながらも、はっきりと答える。
「…少し、考えさせて」
レモンは身を翻(ひるがえ)す。
「あ、れ、レモン…?!」
カーキはおろおろと取り乱す。
ぽん
「?!」
その背を、イェロウが優しく押す。
「今のレモンに必要なのは、同じ立場の私ではなく…君の言葉だと思う。確か…レモンを惚れさせる男になるんだろう?」
そう言って、イェロウはニヤリと笑う。
「は…え? あ、ああ!!」
イェロウにまで伝わっていることに赤面しながら、カーキはレモンの背に向けて駆け出した。
* * * *
赤ノ国となった旧黄ノ国領…そこに続く黒境へと、レモンは歩を進めていく。
「ちょ、ちょっと待ちや! レモン!! このままやと黒境に入ってまうで?!」
追いついたカーキは止めようと、レモンの肩に手をかける。
「なら、アンタが守ってよ」
しかし、レモンはにべもなくその手を払い、黒境へと足を踏み入れた。
(なんやっちゅーねん、ほんまに…)
カーキは恐る恐る、レモンに続いて黒境へ入る。
「……」
幸い、おだんごうおの影響だろうか、黒境内の黒は大人しく、二人の様子を見守っている。
「あった…」
やがてレモンは黒境の横穴から、静かな空間へと入っていった。
「ここは…!」
後を追ってきたカーキは驚く。
そこは、静謐(せいひつ)な祠だった。
黄ノ国の歴代王族が着用したと思われる、荘厳な宝具が並んでいる。
やがてレモンは、一つの仮面の前で足を止める。
「母様…やっぱりもう、祀られていたのね」
永く生死不明とされてきた黄王カモミラ、その后冠がここにあるということは…
「……」
カーキは全てを理解する。
「アタシだって、アイビィの意図は理解できる。むしろ、正しいことだって思う。戦争に戦争で返すんじゃなくて、平和への道を呼びかける…でも、体が、心が、ついていかないのよ! 母様を殺した赤い鬼たちを笑顔で迎え入れるなんて、アタシにはできないよ!!」
レモンは后冠を抱き、泣き崩れる。
「アイビィだって、あの戦争で父王を亡くしてる。なのに…なんでそんなことができるの? それともそう思えない、アタシの方が小さいの?!」
「……」
レモンの感情は、流されそうになる自分と、在るべき自分の狭間の中で、もがいている。
「突っ立ってないで、何とか言いなさいよ、バカーキ!!」
レモンはカーキに、后冠を投げつける。
カーキは后冠をキャッチすると、傷つけないよう慎重に戻して、レモンへと近づく。
「ワイには、正解はわからへん。どうすべきか、どうしたいかは、ワイが軽々しく口にして良いもんやないと思う」
「……やっぱりアンタって役立たず…」
「せやけど、これだけは言える」
「?!」
そして、レモンの前に跪き、見上げるようにして笑った。
「レモンは小さくなんてあらへん。一生懸命に翔ぼうとしとる…誰よりも大きな翅を持った、誰よりも偉大な女王様や」
「っ…!!」
レモンは、涙でぐしゃぐしゃになった顔で、なんとか声を絞り出す。
「ち…チビに誉められたって嬉しくないのよ!!」
そう言って、差し出された顔を踏みつける。
「たはは…それでこそ、レモンや!!」
レモンに頭を踏まれながら、カーキは横目で后冠を見上げる。
付ける者を失ったはずの后冠が、微笑んでいるようにカーキには見えた。
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