青夏ノ章 第2話


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 かーん!

 王城から離れてた湖畔で、クロムは薪を割っている。

(おいおい、何を不貞腐(ふてくさ)れてるんだ? いずれアイビィに、お前が実の兄じゃないことを知られるのは、分かっていたことじゃないか?)

 クロムの額で、モノが語りかける。

(…そんなんじゃないよ)

 ぱかーん!

 クロムは一心不乱に薪を割る。

 実際、クロムがアイビィに近づかないようにしているのは、そのことが理由ではない。

 先の戦乱で、クロムは黒の力に呑みこまれた。

 アイビィに抱えられて目を覚ますまで、クロムに明確な記憶はない。

 しかしクロムは、朧(おぼろ)げながら覚えている。

 憎しみと孤独に苛まれ、それを埋めるただそのためにだけに、力をぶつけ続けたことを。

 自分の力は、誰かのためにあるものじゃない。むしろ、近くにあるものを傷つける力だ。

 そう認識したクロムは、最も傷つけたくないものから遠ざかったのだ。

 ぱかーん!

 しかしそうであるならば、自分の存在意義は何なのだろう?

 ぱかーん!!

 大切なものを守れず、大切なものを傷つける刃…

 黒く染まりそうになる思考を、追い払うようにクロムは薪を割り続ける。

 そんなクロムの作業を中断したのは、勢いよく翔け込んできたミツバチ少女だった。

「ねぇ、クロム! アイビィから、何か連絡来てない?!」

 唐突なレモンの問いに、クロムは首をかしげる。

「王女様? さぁ、このところ会ってないから…」

 そして第3の眼をかくすように、額の汗をふくふりをしながら、そう答えた。

「いや、王女様って…バカ兄貴のくせに、何いっちょ前に距離とってんのよ。血がつながっていなくても、バカ兄貴はバカ兄貴でしょ」

 さらりとそう言うレモンの指摘は、今のクロムにとって的は外れていたのだが…

「別にそういうわけじゃ…でも、ありがとう」

 クロムの心に不思議な清涼感をもたらした。

「どういたしまして。て、今はそんなことよりも…アイビィが行方不明なのよ!!」

「え…」

 唐突にもたらされた情報に、クロムの頭はついていかない。

「アイビィは、数日前に青ノ国に出かけてるんだけどね。日帰りの予定だって言ってたのに、まだ帰って来ないのよ! 今朝は、アタシとお茶会の約束をしてたのに…」

「……」

 公務なのだから、予定が長引くことはあるだろう。それに青ノ国に出かけているのなら、行方は分かっているのではないか?

(それの何が問題なんだ?)

 クロムの額は眼をひそめる。

「アタシ宛に『歓待を受けているから滞在期間を延長する』っていうメッセージが入った、鸚鵡貝(オウムガイ)は受け取ったんだけどね」

 そう言ってレモンは、吹き込まれた音をおうむ返しで繰り返す、特殊な巻き貝を再生する。

 鸚鵡貝は、音を覚えて運んでくれる貝線鳥(かいせんちょう)の一種だ。翼を持った貝であるため、空でも海でも移動できるが、伝送速度は速くない。

「…だったら」

 やはり問題ないのでは、と答えようとするクロムの口元に、レモンは人差し指を立てる。

「でもそれが本当にアイビィの意思で吹き込まれていたのなら、心配しないで、とか、お茶会出られなくてごめんね、とか…せめて一言触れると思わない?」

「…たしかにそれは一理あるな」

 もともとアイビィは義理堅い。それに今の状況で、親しい人と離れることに敏感になっているであろうレモンの心境に、配慮しないとは考えにくい。

「それに、鸚鵡貝で再生されるのはあくまでも貝の声だから、吹き込まれたのが本人の声かどうかは分からないんだよね」

 レモンの説明を聞いているうちに、クロムの疑念は深まっていく。心がざわつき、居てもたってもいられなくなった。

「…青ノ国に行ってくる」

 着替えもおろそかに駆け出そうとするクロムの袖を、レモンは引っ張る。

「待ちなさいよ。分かってくれたのは嬉しいけど、海底にある竜宮殿にはどうやって行くつもり? あそこはアタシたちからしたら、黒境と海という二重の隔壁に遮られているわ。向こうからの招待がない限り、簡単には入れないと思うけど?」

「……」

 言われて、策のないクロムは黙る。

「というわけでここからが本題。一応アタシに心当たりがあるんだけどね。1人で頼るのはちょっと気が乗らないっていうか…。アンタが乗ってくれるなら、一緒に相談しに行ってもいいかな、なんて…」

「?」

 珍しく歯切れ悪くそう言うと、レモンは王城の敷地内にある瀟洒(しょうしゃ)な庭を指差した。

  *  *  *  *

「わわ、びっくりした?! え、あの出口ってまだ補修されてへんの?!」

 かつて茶ノ国からの帰路に使用した、即席の地下道を逆向きに進んでいくと…2人は目論見通り、お調子者の土人(ドワーフ)、カーキの居住区画に辿り着いた。

「そうみたいね。っていうか、バタバタで放置されていたのを、アタシが隠しておいたんだけど。そんなことより、カーキ、またアタシたちに力を貸しなさい!」

 人に頼む態度ではない剣幕で、レモンはカーキに事情を説明した。

「…なるほどなぁ。力になりたいのはヤマヤマやけど…そいつはちぃと難しい相談やな」

 カーキは気の毒そうに眉をひそめる。

「は、どういうこと? 説明しなさいよ」

 何故かより高圧的になるレモンと、それに対してまんざらでもなさそうにしているカーキのやり取りを、クロムは不思議そうに眺めている。

「黒境はまだしも、海に潜って竜宮殿まで行かなアカンのやろ? ウチのアリーちゃんは煉瓦いうても元は土やから…今のまま行っても、わりかし早い段階で溶けてまうわ」

「リィ…」

 カーキの相棒、アリーも不甲斐なさそうに肩を落とす。

「はぁ…じゃあ泥まみれになって会いに来たのに、アタシ達はとんだ無駄足で、アンタはとんだ役立たずってわけ?」

 レモンは、とびきり蔑んだ目でカーキを見下ろす。

「…まぁ、早とちりしなや」

 対してカーキは、ちっちっち、と指をふる。

「ワイは今のままやと、ちぃと難しい言うたんや。全く手がないわけやない。けどなぁ、ワイにとってもそれは簡単なことやないから…それなりの対価は考えてもらわんとなぁ?」

 そう言うとカーキは、上目遣いでレモンを見る。

「せやな…レモンのちゅーでどうや?」

「いいわよ」

「やっぱアカンかー、ほな代わりに…え、良いの?」

 まさか即答で肯定されるとは思わず、カーキの言動は間の抜けたノリツッコミのようになる。

「親友の一大事なんだもの。そんなもんで何とかなるならためらわないわよ。その代わり、成功報酬だから。勿体ぶってないで、サッサと準備を進めなさい」

 想像以上の覚悟と潔さに、カーキとクロムは息を呑む。

「なんや、ワイが人の弱みにつけ込むタチの悪い男みたいやないか…。よっしゃ、ハラ決まったわ! 報酬がどうこうなんてしょーもないこと言うんはもうヤメや! 絶対にワイがなんとかしたる! そしていつか…レモンの側から、ちゅーしたくなる男になるんや!!」

 カーキの唐突な決意表明を受けて、何故かレモンはここで急に赤くなる。

「は、え? いや、それは…か、勝手にすればっ?!」

 クロムはその光景が可笑しくて、久方ぶりに腹から笑った。

 * * * *

 カーキに導かれて、クロム一行は、巨大な採鉱場と連接した茶ノ国の王砦を訪れた。

「爺王が12番目の息子オード、その末子カーキ…偉大なる爺王にお願いしたい儀があり参りました」

 カーキは珍しく平伏し、丁寧語で茶ノ国の王に話しかける。

「ほっほっほ…」

 茶王ブラウンは豊かな顎ひげを手でさすりながら、金塊で組み上げられた玉座に座り、優しそうな目を向けている。

(茶王様…幼い頃に同席した六色会談で、お見かけした覚えがある)

 クロムの記憶の中にあるブラウンは、今と同じく好々爺然とした態度で、終始穏やかな顔で座っていた。

 しかも聞くところによるとカーキは、末子とはいえ立派な王の血族だ。

(何でカーキは、茶王に会うのにそんなに勿体ぶったんだろう?)

 ダラダラと冷や汗をかくカーキを横目に、クロムは疑問に思う。

「火急の理由により、海も山も越えられる、爺王の黄金人形(インゴッツ)をお貸しいただきたく…」

 懸命に言葉を紡ぐカーキの言を、ブラウンは鷹揚(おうよう)な仕草で遮る。

「ほっほ、堅苦しい話はあとじゃ。今日は面白い客人を連れておるな? そこな2人はどなたなのじゃな? どれ、この爺に説明しておくれ?」

 ブラウンは、あくまでも穏やかな声でカーキに問う。

「あ、はい。こちらは黄ノ国の王女、レモン様で、こちらは緑ノ国の王子、クロム様です」

(レモン、様〜?)

(…そういえば、カーキにはまだ訂正していなかったな)

 カーキの慇懃(いんぎん)な物言いに、二人の頭にそれぞれ異なる感想が浮かぶ。

「これはこれは、ずいぶんと高貴なご友人を連れてきたものじゃ。してカーキよ、そなたはどのような縁で二人と知り合い、どのようにして、二人をここに連れて来たのじゃな?」

「それは…」

 誤魔化せない、と判断したのだろう。カーキはありのまま、これまでの経緯を説明した。

「なるほどのぅ…」

 ブラウンは思案するようにひげをなでつけ…

「すまぬがお客人方、しばし、耳を塞いでおいてもらえぬかの?」

 にっこりと、二人に会釈した。

(…え?)

 クロムが耳を塞ぐのとほぼ同時に、大地を揺るがすような怒声が王砦に響き渡る。

「なにを勝手なことをやっとるんじゃ、この、バカちんがぁぁあああああああ!!!!」

(えぇぇえええええええ?!)

 茶王の予想もしていなかった変貌ぶりに、クロムは驚き、レモンは目を回している。

「お主が黒境を侵犯して、それを他色人に見せびらかしておったことは報告を受けておるわ! 今日はそのことを謝罪しに来たものだと思っておったら、その当事者の二人を連れて、いけしゃあしゃあとお願いがございます、じゃと? 儂を舐めるのも大概にせぃよ、この…バカちんがああ!!!!」

 優しそうにゆれていた豊かな顎ひげは、今や天を衝くように屹立している。

「ほな…」

「んん?!」

 下を向き、殊勝そうにしていたカーキがそこで、振り切れたように顔を上げる。

「ほな言わしてもらうけどなァ! モグラみたいにずーっと茶ノ国に引きこもって…爺ぃはそれでエエかもしれんけどなぁ、これからは土人族ももっと他色種と関わり合っていかなあかんのや! 特にワイみたいな、未来ある若者はな!!」

 カーキは強い反撃に出たつもりだったが、勢いだけの論調では茶王は怯まない。

「色神様が塗り分けられた先祖代々の領域を守り続けることこそが、我らの使命じゃ。先達をバカにする愚か者どもが見る未来など、たかが知れておるわ!!」

 対するカーキも負けてはいない。

「なら、その色神が定めた領域を勝手に変更しようとしとる赤王の所業はどうなんや? 代々の領域を無慈悲に奪われた、レモンの気持ちはどうなんや?!!」

「……」

 そこで茶王はレモンに目をやり、二の句を止める。

「それでも自国が直接攻撃されない限り、関係ない言うてだんまりを決め込むんか? 黄ノ国を併合した赤ノ国は、近い将来、間違いなく茶ノ国も狙いに来るで?!!」

 カーキの言に茶王はひげを撫で下ろし、改めて静かに問いかける。

「…言うようになったではないか。しかし、それとこれとは別問題じゃ。お主がそこの王女のために、力になりたいと思っておることはよぉく分かった。じゃが、自分の煉瓦人形に防水性がないからと言って、儂の黄金人形を頼ろうと言うのは、虫が良すぎるじゃろう。あまつさえお主は、儂に自分の考えを認めさせなくてはいけない立場なんじゃからの。のう、そうじゃろう?」

「そ…そら確かにそうやが…」

 老練な論理展開で、茶王は流れを引き戻す。

 しかしその流れは、問い詰めると言うよりも諭すものに変わっていた。

「力なきものの理想論なぞ、いかに壮大でも空論に過ぎぬよ。大体のぅ…人形を黄金まで鍛え上げるのは難しいとしても、防水の付加術色(エンチャント)は、鍛治を生業とする我ら土人族にとって、そう難しいことではないのじゃぞ。その鍛錬を怠り、遊び回っていた己の無能を棚に上げて、国策批判で儂を脅しつけようとするとは…ちーっくと、儂に甘えすぎじゃあないかの?」

「ぐぐ…」

 思惑を見透かされ、カーキは押し黙る。

「それに付加術色なら、お主のところの長兄、レンジの得意分野じゃろうが。往ね、そして出直してこい。国策については、お主が議論するに足る男になったら、改めて聞いてやろう」

「…その言葉、忘れなや!!」

 カーキは歯を食いしばり、王砦を飛び出す。

 取り残されたクロムとレモンは、出口と茶王を交互に見る。

「身内のいざこざを見せてすまんかったの。彼奴はまだまだ未熟じゃが…そう悪い男でもないはずじゃ。もしよかったら、これからも仲良くしてやってくれんかの?」

「はい!!」

 二人は頷くと、王砦を後にする。

「……」

 静かになった王砦では、茶王が腰掛けていた金塊が組みかわり、荘厳な黄金人形が現れる。

「ゴゴゴ…友よ、久しぶりに楽しそうであったな」

 友、と呼ばれたブラウンは、ひらひらと手を振り応える。

「楽しんでなどおらんわ。出来の悪い孫を持つと、おちおち隠居もしておられんわい」

「ゴゴゴ、それにしては次に頼るべき者を教えてやったり…随分と気前が良かったじゃないか?」

「…ふん。彼奴はまだ知らんことが多すぎるんじゃ。他色種を見つめるあまり、自色種のことを分かろうとせぬ。じゃが、もっと自分たちと世の中のことを理解した上で、それでも彼奴がこの国の在り方を変えようと言うのなら…」

(しっかりと、向き合ってやらねばなるまいて)

 ブラウンは出口からさす光をみて、眩しそうに目を細めた。

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