「なんだか久しぶりだね、こうやって2人で歩くのは」
碧の短髪をなびかせて、獣人族の少女は人懐こい笑顔で振り返る。
「うん…まぁ、黄ノ国の王宮に着くまでの少しの間だけだけどね」
話しかけられた黒髪の少年は、照れ臭そうにそう返す。
「もー、クロムはすぐそうやって水をさすんだから!」
獣人族の少女…アイビィは頬を膨らませる。
緑ノ国の王女アイビィと、その兄として育てられた拾い子のクロム…2人は今、緑ノ国の領域を出て、黄ノ国の王宮を目指している。
「小さい頃はよく2人で王城を抜け出して、お父様に怒られたっけ」
自分をアイビィの実の兄だと思っていた頃のクロムは、年の近い妹をよくいたずらに巻き込んだ。
しかし15歳の誕生日の夜、緑王から自身の生い立ちを聞かされて以降…クロムの心の中には1つの線引きが出来てしまった。
王家の血を引く少女と、みなしごの自分。
自然と、兄妹というよりも従者だと、自分を位置づけるようになった。
「…そんなことも、あったかな」
アイビィは、クロムの生い立ちを知らない。
だから変わらないアイビィの笑顔は、クロムには少しまぶしすぎる。
(キキキ、難儀だな、相棒!)
(うるさいぞ!)
緑王から授かった額当ての下から、『黒』がクロムの内面に語りかける。
クロムの額にある第3の目…それは単眼の黒であるモノが共生してできたものだ。
モノは、黒の色族には珍しく自我を持ち、黒境に転がり落ちたクロムを生かすために、クロムと融合する道を選んだ。
(ハイハイ、邪魔者はいつも通り、ここで眠っているとするゼ!)
そう言うとモノは目を閉じる。
(…まったく)
ため息をつくとクロムは改めて前を見る。
「そろそろ王宮が見えてきたな」
前方には、巨大な蜂の巣のような、黄ノ国の王宮が視認できた。
「あ〜あ。もうちょっと、ゆっくり歩いてもよかったのにな〜」
「……」
名残惜しそうなアイビィの素ぶりに気付かないふりをして、クロムは少しだけ、足を速めた。
* * * *
「よく来たわね、アイビィ!!」
2人が王宮に近づくやいなや、1つの人影が走り出してきた。
現れたのは、ポニーテールの黄髪に、縞々ドレスに身を包んだ少女…黄ノ国の王女、レモンだ。
「お待たせ! 今日はパーティに招いてくれてありがとう!」
アイビィは、手を振って応じる。
レモンはアイビィに飛びつき、久しぶりの再会を懐かしむ。そしてひとしきりのハグを交わしたのち…隣のクロムに目をむけた。
「なに、バカ兄貴も来たの? 別にアンタは呼んでないんだけど」
レモンらしい軽口に、クロムはため息で応じる。
「いくら友好国間の移動とはいえ、さすがにアイビィ1人で、ってわけにはいかないでしょ」
「ふーん、兄貴みずから護衛ってわけ。なかなか殊勝な心がけじゃない。そういうことなら仕方ないわね。勝手に付いてくるがいいわ!」
そう言ってレモンはアイビィの手を引き、さっさと王宮に引き上げていく。
クロムはもう一度ため息をついて、2人の後を追いかけた。
* * * *
応接室には、豪華なティーセットが用意されていた。
黄ノ国の名物、ハチミツを使ったお菓子と紅茶が、これでもかというほど並べられている。
「すごーい! どれも美味しそう!!」
アイビィが感嘆の声を上げる。
「でしょでしょ〜、2人のために用意したんだから!! さ、食べよ食べよ!!」
レモンは着座を促し、テキパキとお菓子を取り分ける。
(…ん、2人のために?)
クロムは眉をひそめながら、席につく。
すると、ティーポットを持った仮面の男が横につき、そっとクロムに耳打ちをした。
「レモンは、二人が来てくれることを大層心待ちにしていたよ。今日は、来てくれてありがとう。さて、温かいハーブティーでもいかがかな?」
仮面の男は、影のようにいつもレモンに付き添っている。
しかし影というには、その男の放つ色相はあまりにもまばゆく、そしてレモンを見守る眼差しはあまりにも慈愛に満ちていた。
兜(カブト)、と名乗るこの不思議な仮面の男に、クロムは奇妙な親近感を覚えている。
「ありがとう…ございます」
兜が注ぐハーブティーを、クロムは目の前のティーカップで受ける。
しかし注がれた液面は、次の瞬間、怪しく揺れた。
「…何事だ?」
わずかに届いた地響き、そして空気の振動に、兜は表情を変える。
彼の目は、赤ノ国との黒境付近に、上がる火の手と黒煙を捉えた。
女王直属軍(ロイヤルガード)の副長でもある兜の下に、配下の働き蜂たちが集い、急報を告げる。
「申し上げます! 赤ノ国の軍勢が、黒境を越えて進軍してきた模様! 現在黒境警備のアシナガたちが抗戦していますが…劣勢です!」
「なんだと? 黄ノ国と赤ノ国の黒境は深い。『白』の力でもない限り、そうやすやすと抜けられるはずが…」
兜は珍しく取り乱す。
呼応するように、ロイヤルガードたちも浮き足立つ。
「狼狽えるな!!」
「!!」
上階から、凛とした声が降り注ぐ。
そして、黄ノ国を統率する絶対的な女王蜂、黄王カモミラがその姿を現した。
「侵攻して来たのなら、追い払えば良いだけのこと。蜂の巣にちょっかいをかけたこと…存分に後悔させてやろうではないか。ロイヤルガードは兜隊を残し、全騎私に着いて来い!!」
「オオー!!」
女王の檄に、甲人達は高揚する。
「女王?! 兜もお供いたします…!!」
名指しで参戦を外された兜は追い縋る。
しかし、カモミラはそれを制する。
「我々甲人族の強さは、種の存続のため、それぞれの役割に命を賭けられるところにある。兜、お前が優先するべき役割は何だ?」
「私の…役割は…」
兜は、視線を彷徨わせる。
その目は、肩を振るわせて身を寄せる、レモンの姿を捉えて止まった。
「ガッハッハ! そう言うことだ、兜よ!! 女王のお供はこの鋸(ノコギリ)に任せておけ!!」
女王に続いて、巨体を甲冑で包んだ武人、ロイヤルガード隊長の鋸が豪快な声をかける。
そしてカモミラは、兜にだけ聞こえるように、優しく囁く。
「お前も感じているように、今回の騒動はどこか妙だ。万が一の時は…頼んだぞ」
「…心得ました」
兜は、女王の意思と、決意を見てとり、そう答えた。
そして、出陣する黄ノ国の軍勢を見送り、震える王女の肩にそっとその手をおいた。
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