赤春ノ章 第4話


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(何か…あったのだろうか?)

 黄ノ国の方角から感じる不穏な空気にそわそわしながら、緑王ジェイドは王城庭園を歩き回る。

(隣接領域を治める爬人族からは、変わりなし、との報告が届いているが、果たして信じて良いものか…)

 多くの種族を抱える緑ノ国にとって、内政の機微は複雑だ。

 しばし様子を見るべきか、直属の獣人師団を派遣するべきか、ジェイドが思索していたところに…

 ぼこっ!

「?!」

 地面から円柱状の煉瓦ブロックが飛び出してきた。

「よいしょっ…すごい! ぴったりの位置だよ!!」

 そしてその中から愛娘、アイビィが姿を現す。

「ア、アイビィ?!」

「あれ、お父様? ちょうどよかった、お散歩の真っ最中だったのね!」

 ぴょん、とアイビィはブロックの集合体から飛び降りる。

 続いて、クロム、黄ノ国の王女レモン、そして見慣れない土人族がわらわらと王庭に降り立った。

「…レモン様も含めて無事、だったのだな? しかしてこの方は…」

 ジェイドは混乱する頭で質問する。

「はじめまして! ワイは土人族のカーキ、いいます。茶ノ国で立ち往生しとった皆さんを連れてこさせてもらいました。え〜っと…特例言うことで、今回は黒境侵犯は見逃したって下さい。ほな!!」

 カーキは一息にまくしたてて、そそくさとアリーに乗って地中へと退散する。

 事前通告のない黒境侵犯は、他色領土への侵略行為とも取られかねない。それを図らずも、国王の目の前でしでかしたのだ。カーキの焦りようは、さもありなん、といったところだろう。

「…最後まで騒がしい男だったわね。お礼する暇もないじゃない」

 カーキの脱兎のごとき退散劇を、半ば呆れるようにレモンは見送る。

「あれ、お礼するつもりだったんだ?」

 アイビィはイタズラっぽく合いの手を入れる。

「や、ちが…! いや、違わない! 変な意味じゃなくて、黄ノ国の王女として! 働きに応じた褒美は、いつか取らせてやんなきゃかな、って!!」

 アイビィはクロムと顔を見合わせて、くすくすと笑った。

「…さて、説明をして、もらえるかな?」

 一同のやり取りがひと段落したことを見てとり、ジェイドは優しく声をかける。

「そうだ、お父様、大変なの! 黄ノ国が…!!」

 差し迫った現実を思い出し、アイビィはこれまでの経緯を説明した。

 * * * *

「爬人族の裏切り…それに赤ノ国の大攻勢だと?!」

 想像以上の事態に、ジェイドは驚く。

 そしてそのような状況にもかかわらず、凛とした隣国の姫君を見る。

「…強く、なられましたな」

「いいえ、皆のおかげです」

 レモンは真っ直ぐな目で、そう答える。

 その目を受けて、ジェイドは頷く。

「相分かった。アイビィ、そしてクロム、よく、状況を伝えてくれた。今より我ら緑ノ国は、同盟国の救援に向かう。其方たちは…」

「私も行かせて下さい」

 王城で休むように、と伝えようとしたジェイドに、レモンは被せる。

 そしてその目に宿る強い決意を見て、ジェイドは頷く他なかった。

「…分かりました。アイビィ、クロム、くれぐれもレモン様がご無理なさらぬようお守りするのだ」

「はい!!」

「では…出陣する!!」

 * * * *

 獣人族の直属師団が到着したとき、残された兜隊を数の力で殲滅した爬人族達は、女王の本隊を挟撃するべく、黄ノ国に侵攻しているところだった。

 緑王はその背に向かって、猛る。

「緑ノ国に属しながら友好国に押し入った上での侵略行為…許しがたし! 族長ベルデよ、お前にまだ長として責任を取る器量があるのなら…我の前に出てくるのだ!!」

 獣王の迫力に気押された爬人族たちに、半ば押し出されるような形で、ベルデはジェイドの前に頭を垂れる。

「ひ、ひ、ひ。これは緑王、誤解ですよ。我らは、赤ノ国に攻め込まれた黄ノ国の救援に向かおうと、領土に足を踏み入れたところで…」

 自慢のエリマキを精一杯しぼませて、ベルデは殊勝そうに申し開く。

 しかし緑王の後ろから、怒気をたぎらせたレモンが遮る。

「そのセリフ、アタシの顔を見て言えるのかしら!?」

 ベルデは驚いたように、レモンと、その横に並ぶアイビィ、そしてクロムの姿を見て、取り繕うことを止めた。

「ち…まんまと逃げ仰せていやがったか…」

 ベルデは再びエリマキを開き、しゃあしゃあと続ける。

「そうさ、オレ様は赤王についたのさ! だが、一族の繁栄のため…強い方について何が悪い?! この世は弱肉強食だろゥ? 強く、賢い方が生き延びるんだよ!!」

「ほう、ならば試してみるか。愚か者で、弱いのはどちらの方か、をな」

 威勢の良いベルデに対して、ジェイドはあくまでも冷静に応える。しかしその立髪は、激しい怒りに揺れていた。

「ハッ! 上等だよ、吠え面かくなよ、ケダモノがぁっ!!」

 ベルデは威嚇と共に、自慢の錫杖槍をジェイドに向かって突き出す。

「フンッ!!」

 ジェイドはその太い腕をわずか一振りするだけで、棍を砕き、ベルデを岩壁まで吹き飛ばした。

「ゲェッ!!」

 頭をしたたかに打ちつけたベルデは、そのままヒクヒクと痙攣する。

 ジェイドは、返り血に濡れた右腕をひと舐めし、慌てふためく爬人族に向けて、吠える。

「爬人族の戦士たちよ! 今、貴様らの頭は潰れた! 同じ道を歩みたいものは向かってこい! そうでないものは道をあけ、我らの進軍の邪魔をするな!!」

 大地を震わす緑王の咆哮に、爬人族はじりじりと後退し、やがて我先へと、本来の領地へと引き上げていく。

「…征くぞ」

 緑王は、赤ノ国との黒境を目指して軍を進めた。

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